2011年06月24日

竹富島X

23日(6日目)  離島〜帰路

今日は昨日に比べ、少し雲は少ないようだ。気温は31〜32℃くらいか [E:sign02] 8時からの

朝食を全員で済ませ、11時に宿を出ると告げる。12年前から毎年来ている常連客

に問う [E:ear] 竹富島は昔と何が大きく変わったと感じますか  と。

「店の数が増えました」という。観光客が増えれば店も増える 当然至極である。

島内を回っていると槌音が聞こえてきた。聞いてみるとリゾート施設ができるという。

なかなか美しい自然環境を保護するというDsc00901

事は難しくなりそうである。       西桟橋

11時の送迎までには時間があり、民宿周辺

の集落を観て回る。神社のある広場に多くの

人が喪服姿で集まって来る。

Dsc00937

全小中

学生も集まって来る。一人のおばさんに

聞いてみた[E:ear] 何かの供養ですかと。恥ずかしい

ことに知らなかった [E:eye] 沖縄県では23日が

慰霊の日である。「私が1〜2歳の時に、全く記憶

にもない兄が亡くなった。両親から兄が幼少の私に大変尽くしてくれたことを聞いており、

供養に来た」と。全島挙げての行事である。Dsc00934

狭い小島、みんな家族のような存在で

あるのだろう。さて、ぶらり歩いていると、

街を展望できる塔のある施設に来た。                              

Dsc00930 

  塔の

  上から  美しい街並みの景観を  

  シャッター  オン[E:sign01]

  街の雰囲気を掴みつつ、  帰宿。

又、新たな宿泊者が来ている。

宿の奥さんに港まで送迎してもらい、竹富島を離れる。

ただ一つの心残りは、満天の星を西桟橋で寝ながら眺めることができなかったこと。

残念である [E:weep]。最終地の石垣市街で土産を買い、石垣空港へ向かう。空港では那覇

で給油後、関空に向かうと説明を受ける。1時間足らずで那覇空港着。給油中は

待合室で待ち、給油後に再搭乗。離陸すると思いきや、10分も経たぬ間にトラブル

と機内アナウンス。給油口から油がにじみ出ているという。再度待合室にて待つこと

になる。その度に手荷物を降ろさなければならない。夕食券が配られ、夕食後再搭乗。

1時間半遅れの離陸。終電 はるか に乗り、帰宅した時刻は、0時を回っていました[E:despair]

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2011年06月22日

竹富島W

22日(5日目) 竹富島

竹富島に来た目的は、俗世俗を忘れ、ゆっくり、ぼんやり、ぼーっ と過ごすことにある。

宿のレンタサイクルを借り、島内をゆっくり一周することにする。  先ず、

近くの浜に出かけた。美しい自然、水である。珍しい貝殻を収集することに。一番多い

のはサンゴ礁の死骸。至る所にサンゴ礁の死骸がある。この砂も多くがサンゴ礁で

あろう [E:sign02] 美しい貝殻を拾うことにする。いろいろな貝殻がある。拾った貝殻が突如

動き出す [E:sign02] たくさんのヤドカリもいる[E:pisces]    次は

当てもなく狭い島内(島の周囲は9.2km)をサイクリング車で一周することにする。

Dsc00906 Dsc00911 Dsc00913

       道               竹富港                放牧牛

右回りに回る。結構、いろんな蝶も乱舞している。脇道から浜辺に出たり、

ぶら〜り一周 [E:bicycle] 戻っては、数少ないレストランで昼食を済ませ、Dsc00921

次は水のきれいなコンドイ浜で遊泳を約1時間。

潮の干満の影響 [E:sign02] 沖合どこまで行っても水位

は腰の位置の遠浅。沖合い120m余?まで泳ぐ。

水がきれいだ。水温も生ぬるい。シャワー室で体を

洗い、着替える。しかし、陽射しは厳しい。本気か

冗談かマングローブ観光でガイドが言っていたが、          ↑コンドイ浜

SPF80は要ると言っていたが、持ってきたSPF40ではダメの

ようである。よく焼ける。両足の踝辺りは真っ赤になり、腫れて火傷状態である [E:sun]

当てもなく島内を右回りに移動する。静かである。車は観光客を運ぶマイクロバスと

住民の軽自動車くらいである。島内で出会う人は多くが観光客。どこかで寝そべって

ゆっくり眠りたいがなかなか適当なところが見当たらない。ぼーっ とする為の日陰で

自然に恵まれたロケーションは見当たらない。

Dsc00938 Dsc00940  小さな浜に出た。堤に

  座り、海を眺めている

  と足元にヤドカリが歩い

 ている。  沢山いる。

 草むらから出てきて

1m余の堤を降りていく。暫し、ヤドカリの動きを観察 [E:eye] 

落下するものもいるが、ダメージはない。1時間余、海を眺め、ヤドカリと戯れる。

なかなか時間が経過しない。浜の方に行く道があればその方に行き、右往左往

で元に戻る [E:bicycle] 竹富島では米は作れない。主要産業は観光と牧畜業である。

黒毛和牛を放牧している。点在しているのが沢山のお墓。元々は風葬であった

という。だからこちらの墓は大きい。時間を持て余して1日が過ぎていく。民宿に

戻ると新しい客が来ている。この民宿、12名余が宿泊可能か [E:sign02] 日替わりで

入れ替わり立ち代わりの多くの利用客。5〜6泊の人も居れば1泊の人も居る。

正に一期一会の出会い旅。昨日に比し、雲は少ないが、満足な星を観ることは

できない。誠に残念だ[E:sign01]若い男女二人と深夜まで談笑し、就寝。それにしても

左手くるぶしの腫れがひかない[E:weep]

posted by tennismouse at 23:50| Comment(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

竹富島V

21日(4日目) 3島周遊(西表島、湯布島、竹富島)

起床7:00。起きて異変を感じる。左手のくるぶし部が痛い。腫れているし、手首が

内側に曲がり難い。しかし、全く心当たりがない。昨晩はそれ程酔ってはいないし、

虫にでも刺されたのか?!腫れている!小生、アレルギー体質。蜂に刺されると

腫れて、即病院行きとなる。酷くならなければいいが。7:30朝食、8:00に宿出発。

今日の予定は3島めぐり(西表島、由布島、竹富島)。歩いて10分で離島ターミナル

に着。昨日予約した旨を伝え支払いを済ます。8:40に西表島に向かう。観光客も

多い。猛スピード、40分余で大原港に着。先ずは、船を乗り換えて仲間川を遡上

するマングローブクルーズ。川の流れは殆どなく、海水と川水とが入り交じり合う。

このエリアにマングローブが形成される。東南アジア等に見られるマングローブ

を形成している。若い船頭のユーモアを交えた説明は大変上手い [E:good]

植物名を忘れたが、この木には黄色い葉っぱも観られる。植物は塩分に大変弱い。

この木は不要な塩分を葉に貯め、最後は落葉するという。震災の津波で塩田と

なった東北の地に活用できぬものか [E:sign02] 川上へ向かう。

奥部にある日本最大のサキシマスオウノキを見る為に。

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    仲間川を遡上         中腹にはヤシの自然林      サキシマスオウノキ

根が地上部にも出て、形が板状で板根という。約400年を経過。ここで大阪の

おばちゃんに勧められカメラのシャッターを押してもらう。こちらも二人を写してやり、

これで、おあいこ  [E:confident] マングローブにはいろいろな木が知恵(根)を出して生きて

いる。次のコースは湯布島へ。西表島から由布島までは水深30cm前後。この

間を水牛車で15分で渡る。渡るまでの間、水牛を操るおじぃがユーモアたっぷり

にガイドを、三線(さんしん)伴奏で歌ってもくれる。のんびりとした牛歩の束の間の

ひと時。渡ってからは1時間余の自由時間。

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     マングローブ             説明書き                板 根

食事の時間と島全体が植物園であり巡回。土産物店もあり、離島振興のために

何かを買おう。沖縄シーザーの暖簾を買うことにした。集合地に向かい、帰りの

水牛車を待っていると、もの凄いスコールが来襲。その間10分余。Dsc00881

この水牛は、もともと台湾から来た大五朗と花子

が始祖。週休2日制で1日8頭が交代で働いて

いる。40頭余が働いている。調教するまでに

時間が必要という。西表島へ水牛車で戻り、

次は西表島のバス観光。至る所にヤマネコ

出没の看板がある。ヤマネコの交通事故死を守るために。この島の信号機は

日本最南端に位置する。島内には1つしかない。

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     由布島マップ            植物園            ??

島内を周回する道路はない。竹富島に移動。2隻が競争をするようにして竹富島

に向かう。降船時、乗組員に最高35ノット出ていましたか?と尋問。

いや、そこまでは32ノット(60km/h)ですという。大丈夫かなというスピードである。

こうして、小生の最終目的地である竹富島に到着。先ず、小さな島の主要ポイント

Dsc00883

をマイクロバスで周る。その次は、再度、

水牛車の登場。水牛車で島内を15分余

牛歩周遊。牛歩の歩み、遅い。周遊コース、

小生のみここで途中下車。予約した民宿へ

向かう。宿で入宿説明を受け、夕食を6時から

全員揃っていただく。

8時半からは「ゆんたく」。それ迄には時間があり、

楽しみの1つである満天の星 [E:night] を眺めたい が、雲多く、叶わずに断念。Dsc00895_2

今夜のゆんたくの進行役は、先代おじぃ。

自己紹介の後、客の12名も自己紹介。

その後は常連客2人の三線演奏も交え

沖縄、八重山等の歌の合唱。

ゆんたくとは、おしゃべりのことである が、

おしゃべりとはなりませんでした。                    ↑ 竹富島の水牛車

posted by tennismouse at 23:32| Comment(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月20日

竹富島U

  20日(3日目)下船 → 沖縄空港 → 石垣空港(移動日)

6:50に起床し、下船に備える。予定通り入港できるも別船の影響で

沖合いに停泊。入港は8:00。石垣島行きの飛行機は10:50発。

まだ時間がある。沖縄は今回は通過地となるも、少しでも沖縄の街の雰囲気を掴もうと最寄のモノレール駅、美栄駅まで地図を頼りに徒歩で向かう。Dsc00849       国道58号線 →

以前の沖縄開発庁、振興局による地域振興策によるものであろう大きな都市に発展している。約3km徒歩。

9時過ぎに上手く辿り着いた。この駅から約10分余で那覇空港に到着。即、昨日予約したANAの受付で搭乗手続きを行う。思わぬ出費で現金が少なくなった。心細い故、ゆうちょ銀行のATMで出金。これで一安心。

9:50と遅いが空港で食事。石垣行きの飛行機はB737。80%余の乗客。1時間ほどでDsc00851石垣空港着12:00。石垣島も通過地となるため、空港〜石垣港までの4歩く。南国の椰子の木、バナナの木、ソテツ

見られるが、小ぶりである。途中、PuffPuffというモダンな喫茶店で再び食事。海辺を望むオープンテラス。賑わっている。着陸機が、海が、近くに見え、いいロケーション。食後、海岸沿いを歩き港に向かう。ここで石垣島の第一印象。石垣の人には申し訳ないが、至る所にごみが散乱している。 不法投棄も多い。Dsc00856_3

何処にでも見られる投棄場所一つ

か[E:sign02] すぐ近くはきれいな海だが・・・。        石垣市街 →                              

市街はそういうことはない。離島ターミナルで明日の竹富島を含む3島周遊コースを申し込む。

小生のみ竹富島で下船希望を確認。しばし、ターミルで休憩し、徒歩で宿泊先に向かう。10分で到着。5:20宿着。シャワー、洗の後、ブログ記事。宿の無線LANにパスワード無し繋がった[E:good] 早速、拙宅の様子をネットワークカメラで確認するもどうやら雨のようだ。

Nec_0019

夕飯は近くの繁華街の居酒屋へ [E:bottle]

ここの女性マスターは1名。ここに来て6年の東京葛飾区のまだ若い女性。京の雑踏がいやになり来たという。少ない地酒地産を2時間半賞味したが、この間の客は小生のみ、寂しい。地酒地産をリクエストしたが、それに対する応えは少ない。石垣産海ぶどう(海藻:写真)、地ビール、石垣牛・豚ぐらいか?初の泡盛(請福)もり、少し酔いました。休み[E:night]

posted by tennismouse at 22:36| Comment(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

竹富島T

19日(2日目:船中)

先ず、20日の那覇から石垣島までのチケットを手に入れなければ、この計画は頓挫する。9時にチケット予約先に電話しようと控えの手持ち書類を調べるも、日曜日のみ休日休業で断念。次に、船内の電話帳でANAを調べ、ANAへ船内電話を用いてフリーダイアル電話。「この電話機からは使えません」Dsc00835とアナウンス。

9時過ぎ、宮崎都井岬沖を通過中、携帯の電波状態は不安定だがメールはどうにか通じる。次善の策は、この作業を妹に頼むことにする。メールで依頼。本日のキャンセル手続きと明日の那覇から石垣島行きの航空券の予約手配を頼む。苦労しているようだが、待つこと30分余、朗報が舞い込む。明日の予約が出来たと連絡あり、安堵する。40日前予約のチケットはインターネットで9600円で買ったが、当日は23000円也。当日キャンセル料を差し引き3880円戻ってくるから、まだラッキー[E:sign03] あとは竹富島の宿に宿泊更の連絡をしなければならない。船上から携帯電波のよい時に連絡をした。既に1ヶ月前にはこの宿には挨拶状を出している。帰りの航空券も既に買ってあるため、日程変更ができず、予定の竹富島3泊が2泊となる。この大チョンボで船旅も快適とは行かない気分。船内にレストランはない。乗船14時間後に着くと思い込み、食料品も肴も買い込んでいない。船内にはパン、カップ麺、飲料ボトル、缶ビール、焼きそば、ホットドッグ等の自販機が置いてある。電子レンジが7台、給湯器も5台ある。ただ助かったのは、手作りのラップに包んだ安価で素朴なおにぎり[E:riceball] が船内案内所カウンターに置いてある。無人販売でお金を置いておにぎりを持っていくものである。毎食のカップ麺に飽きが来る。 処で海は穏やかだ。揺れも少ない。天候も平穏で予定刻に那覇に入港するであろう。時間を持て余す。この記事も船上で書いている。

Dsc00831

← 種子島は長い島だ。長い間、左手に見え続ける。よく観察すると島の上部には雲がかかっている。丁度、雲の影が島のように。次に14時、馬毛島を右に見、14時頃に左手に高い山を頂く屋久島が見えてくる。同フェリー[E:ship] 排水量は6000t、20名余の乗組員で運行。乗客は30〜40名余か [E:sign02]

乗客、荷物、車を運送している。大阪から那覇行きは月に67便を運行。スピードの時代、乗客は航空機に流れ少ない。予定通り21:20に奄美の名瀬港に入港。人・荷物・車を降ろ20分後に出港。船旅は時間が掛かり退屈である。Dsc00828_7 退屈であるが、その分、人との交わり触れ合いが生まれる。奄美で下船された父娘(次女)親子とお孫さんの3人家族に癒しを戴いた。特に生後6ヶ月の可愛いお孫さんには[E:sign01]お互いのブログ情報を交換し、別れを告げた。(ブログ3件:奄美のヤチャ坊(本人)/奄美が好き(友)/奄美の風(友))。行機と超対照的な乗り物の船旅もいいものだ。名瀬港に入港すると暗闇の影響か?異国の趣を感じる。下船2時間余前に知った若者は震災の宮城県出身。家が半壊したそうだ。震災後の2〜3日はDsc00829 全く情報も入らず停電で夜は真っ暗。何がどうなっているのか分からず不安だったと。徒歩で一関から自宅まで50km余いたという。そして津波による何人かの犠牲者を目撃したという。精神的ショックを受け、人生観も変わったであろう[E:eye]奄美への旅は癒しの放浪旅行[E:sign02] この一部の話は沖縄出身者から伝え聞きしたもの。シャワーを浴びた後、就寝0:30。明日の那覇入港は予定が早まり7:20。

*奄美の方に小生の間違ったブログアドレスを告げてしまった。申し訳ありません m(_ _)m

 奄美のヤチャ坊を開き、投稿しようと試みましたが、できませんでした。

posted by tennismouse at 23:55| Comment(3) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月18日

竹富島

情報は早く正確に!速報が大事である。石垣の宿から第一報 [E:sign03]

今日は旅立ちの日。我が家を午後1時半に出発。フェリー乗り場の大阪南港に向かう。JR大阪駅は綺麗になり、迷路も大分解消された。百貨店で道草。宿への土産を買い、南港に向かう。地下鉄から、ニュ―トリムに乗り換え、トレードセンター前で下車。フェリー乗り場受付に向かう。が受付が無い。フェリーターミナル駅前に変わっている。再度、ニュートリムに乗り向かう。受付は17時まで。予約番号を名のり、17時に受付完了。ここから17時半にチャーターバスで乗り場に向かう。10分足らずで到着。バスの乗客は5名。利用するフェリー会社はマルエーフェリー。乗船後、2等寝台の部屋に案内される。6人部屋に小生1人。18時20分に出港。船内をあちこち見て回る。出港30分ほどして掲示板に予定到着時刻が掲示される。ただ1ヶ所の寄港地のDsc00840_2名瀬着19日21時20分。??? [E:fish] 19日??? おかしい [E:sign02] 当方の頭の中は、那覇着19日8時半 [E:sign01] 名瀬は鹿児島ですか[E:sign02] と前に座る1人に尋ねる。この会話を聞いていたもう1人、名瀬は奄美大島ですよという。私は奄美大島の出身者という[E:ship]

うして那覇港到着が明後日の20日8時半である事に気付く。大大チョンボ!これで計画が大幅に狂う。計画では明朝19日に沖縄に着き、即、石垣島まで飛行機で渡る予定。19日の航空チケットも既に買ってある。宿もとってある。19日をキャンセルし、20日の飛行機のチケットは当日買わなければいけない羽目に。明朝(日曜日)、予約センターに相談してみるが、予約チケット無効? 石垣の宿は携帯で事情を説明し、1日ズラしてもらった。石垣島行き20日の航空チケットが入手できると仮定して。楽しみにしていた竹富島3泊も2泊となる。夜は奄美へ(9歳上)、沖縄へ(12歳下)帰る人と3人で飲みながら一期一会ですね と言いながら、1時頃まで歓談。Dsc00848

ここで 一言つぶやき[E:sign01]

まあ、旅にハプニングは付きもの。

ハプニング大いに結構[E:sign03]

コケコッコォ〜 [E:chick] 良いメモリー

なりました。あるがままに行動

しましよう[E:sign01] 明るく楽しく元気に[E:confident]

床に就いたのは1時20分。お休み[E:confident]

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2011年06月15日

弱り目祟り目

小生の拙宅の玄関には小さな飾り物を置いている。季節、時期を見計らい、

置物を変えている。今、その置物は写真のようなものを置いている。弱り目であり、

捕まえ、虫かごに入れたものである。Dscf0017_3

既に置いて1ヶ月以上になるが、元気がない。

さて、野党時代の寵児の鳩山と菅さん。

この二人は学年で同級生である。小生とは

ほぼ同世代であるが、学年で言えば小生とは

2学年先輩。団塊世代(1947〜49生)の

一つ前の学年世代である。このご両人、野党時代、政界では脚光を注目を

浴びた[E:thunder]政界再編を企て、新党を作り、正に風雲児 [E:sign02]  予算委員会では、

時の自民党小泉総理を鋭く追及した。与党の担当大臣を喧嘩腰で鋭く追及、

詰問するパフォーマンス。そして、彼等は自民党から政権を盗り、二人とも国家

の最高権力者である総理大臣まで登りつめた。総理大臣になったこの二人、

野党時代の勢いは無く、期待との落差が余りにも大きい。余りにもお粗末で

スケールも視野も小さく、狭い。どうも総理大臣の器ではなさそうだ。野党時代は、

所謂、評論家でもよかった。しかし、総理大臣になり、立場が逆転、追及、詰問

される側になった。いざ自ら国家を先導していくトップの立場になると真の力量が

問われる。指導力、洞察力、分析・判断力、理念・信念、国際性、人格等々が

要求される。一人の人間の力量には限界がある。周りの議員、閣僚、官僚、

ブレーンの力を活用することになる。どうも菅さんは、周りとの信頼人望が薄い

ようだ。所謂、嫌われ者。これでは協力者も限られ、衆知を集めることはできない。

人間性の問題である。夫人にも問題があるようだ。どうも、元総理の三木武夫

のようにカカア天下の夫婦であるようだ。伸子とむつ子が黒衣だ [E:sign02] ところで

先日、鳩さんが菅さんに政局打開で対談。が、流石  鳩さん、ハッキリした退陣

の担保も取らずに、自分の落ち度を差し置いて総理を「ペテン師」と罵る、

相変わらずの宇宙人言動である。自国の総理大臣、総理経験者を揶揄嘲弄したく

はないが、余りにもお粗末 [E:sad] [E:think] [E:weep] Dscf0016_2

潔い出処進退をと思うのであるが、

絶大な権力には未練があるらしい。

最近の菅さんを見ていると、少々

お疲れ気味。顔は脂ぎり、目[E:eye] は

小生から見ると置物である右の動物の

ように見えてくる。兎に角、この動物にそっくりの目[E:eye] をしている。この動物にとって

は、迷惑千万な[E:sign01] と、お叱りかりを受けるかも知れないが ・・・・・。                                                                                            

posted by tennismouse at 11:52| Comment(0) | 経済問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

大山登山

4日:登山日

「年に日本百名山を2つ登る」 の目標に則り、まず今年1つ目、鳥取県の大山に

アタック。去年は西日本一高い石鎚山を征服、今回は中国地方で一番高い大山

に挑む [E:confident]  今日は天気も穏やかだ[E:sun] 起床7時、山荘出発は20分遅れの

8時20分。登山届を提出し、8時40分に登山開始。登山口の標高は780mで

登る標高差は929mである。休憩も交え、ゆっくり登る。1合目8:55、3合目

1,070mに9:25、5合目1,245mに9:55、8合目1,580mに11:15、 9合目

Dsc00798_3 11:35。頂上征服11:40(弥山1,709m) 

所要時間約3時間。ここまで 8,781歩、

5.26km歩行。頂上までには計6回の

休憩をとった。 持参水分1.5リットル/人。 

後続登山者には結構、追い越された。

小生、同伴者に合わせて  ゆっくり登った

故か、呼吸の乱れも無く、全く容易に登れた。

この大山、翌5日には大山の山開き行事が

行われるという。 小生は知らなかったが、その為か、登山者が多い。 登山道は

整備されており、登り易い。岩石道や地道もあるが、整備、手入れされた木道も

ある。この木道、貴重な高山植物と自然環境保護の役目を果たしている。Dsc00808_2

頂上 [E:fuji] に立つと征服感と達成感で

心地よい気分に。また次なる山を

目指そうという意欲も湧いてくる。

さすがに頂上は涼しい。頂上で昼食

を摂り、約1時間滞在。周りの遠景を

楽しんだ後、12時35分に下山開始。

6合目に13:55、行者谷コース分岐点14:00。ここから登山ルートとは異なる 

行者谷コースで下山。Dsc00807_3木漏れ日の中、

鳥のさえずりを聞き下山。この下山

ルートは急でもあり、下山者は少ない。

大神山神社に15:00。 駐車場に15:30

無事帰着。ほとんど空き状態だった

大きな駐車場は満車状態。予定より早く

進行し、時間的に 余裕があり、太太

進言により、麓のミルクの里に向かうDsc00814_4

ことに決定。乳牛が放牧された広い

牧草地である。土曜日でもあり、

子供づれ等の多くの家族、人出で

賑わっている。美味しいソフトクリームを

ご賞味[E:taurus] 気温も高く、摂れたて乳で

とても美味しい[E:sign01]しばし平原、牧草地で一休み、大山をバックに記念撮影。

Dsc00821 30分余楽しんだ後、宿の岡山県の

湯郷温泉に向け出発。湯郷美作の

宿に到着18:05(427km) 今日1日の

歩数18,837歩、11.3km。

5日:帰路へ

湯郷美作の宿を出発(10:05)。帰路は

一般道を通り、山陽道の姫路西ICより高速道へ入り、名神、京滋バイパスを

通り、15:00帰宅。3日間の総走行距離648km、今日の高速代2,400円。

Dsc00812 Dsc00818 Nec_0018

  最高峰(剣ヶ峰1729m)         大神山神社              登山者

posted by tennismouse at 17:24| Comment(0) | 山登り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

鳥取大山

3日(金):移動日

ここ一週間の梅雨空の間隙を縫ったかのような好天気となり、いい天気運に

恵まれた [E:good] 9時に我が家を出発 [E:car] したが、 名神リフレッシュ工事の影響が

脳裏にあり、一瞬迷い、急遽コース変更をとってしまったが、近辺を一周、結果的

に当初案コースに戻る、始発道草となる。ルートは京滋バイパスから名神、中国

自動車道。途中、兵庫県の赤松PA、安富PA(151km)、岡山県の勝央SA(201km)

蒜山高原SA(263km)で休憩、昼食を摂り、鳥取県の江府IC(281km 高速代5,850円)

を降りたのが、14時20分。 時間的余裕もあり、太太が勧める『とっとり花回廊』へ。

Dscn0006_2 約1時間余、園内を散策、鑑賞。

多くの花々[E:tulip]に疲れを、気分を癒され、

大山山麓の宿(やまびこ荘)に

着いたのが17時過ぎ(走行距離314km)

ここで終着道草。ナビの案内に従い行く

も近辺を2周する堂々巡りで、宿の山荘

にたどり着けない。店先で山荘を訪ね、やっと到着。しかし、別館とあり、山荘は

留守。山荘本館へ電話し道案内を願い、ようやく本館に到着。ナビも小生も

Dscn0011少々困惑 [E:despair]  宿はインターネットで

探し、事前に予約したもの。 早速、

山荘で荷物を降ろし、車は案内される

ままに近くの無料大駐車場へ。山麓

には土産物店や山荘等の宿があり、

夏山登山と冬季のスキー客が利用。 

山麓にある大山寺境内の石畳の参道の両側には店や宿が並び、小さな門前町

を形成。絵になるメイン通り風景である。多くの女子学生がイーゼルを広げ絵筆

を奮っていた。

posted by tennismouse at 22:41| Comment(0) | 山登り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする