2016年04月24日

東の京

金曜日、野暮用で出掛けた。JRのEX予約で1週間前に予約。早期予約をしたかったが、

相手のあること、思惑通りには行かない。京都発の列車、座席をネットで予約。

直ぐに携帯メールに予約受付が戻ってくる。とても便利だ。出発直前まで予約変更が可能

だ。京都に向かう在来線の2駅を通過したところで立っている小生に若者が席を譲った。

小生、初めての経験。真面目そうな若者で、その好意に甘えたが内心は複雑・・・。

勇気ある優しい若者よ、貴男の判断基準は少し甘いのではないか、いや、甘いッ[E:think]

最近は歳とともにミスが多く、時間に余裕をもって出掛けるようにしている。

新幹線の改札入り口を通過するとゲートが開かない、警報音。新幹線用のEX−IC

カードと在来線のICOCAを重ねてかざして下さいとアドバイスを受け、ゲート開。

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時間があり京都駅の新幹線乗り場でチョット

観察をした。電光掲示板を観ていると最短で

3分間隔で東京に向け発車している。

乗車する車両は4号車、後方車両であり、時間があるからホームの最後部で観察。

車両が定刻にゆっくり入ってきて正確な位置に止まる。車掌は女性、ホームに降り、

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乗降客の安全に細心の注意を払う。16両編成、その長さは約400m。

先頭車両までは十分確認出来ない。ホームが曲がっていたら尚更。

ホーム側と連携して安全を確認してドアを閉め、発車。この長いホームを通過する間は、

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女性車掌は半身を出して安全を確認していた。京都から15分前後で毎週練習している

テニスコートが見えてきた。東京まで2時間15分、とても速い。そして沿線には危険だ

なぁと感じる箇所を所々観察、感じながら。熱海などの沿線は大雨で迫る崖が崩れない

か、大丈夫かと思いながらの危険予知訓練(KYT)。東京に12時過ぎ、定刻着。

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しかし、午後の予定は無い。乗車中に妹が勧める公開中の迎賓館赤坂離宮を観に行こう

と調べたが、当日入場できる定員は1000名。午前各10、11時〜とあり、間に合わず、

諦め、山手線で上野恩賜公園に向かうことにした。西郷さんに会うために。

博物館、動物園、美術館などがある文化ゾーン、また、広場では多くの屋台が出、ダンス、

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ミュージックで大きな音響を発している。相変わらず外国人を含むとても多くの人出。

薄日の射す天気。ここでダンス、女性の歌声を聞きながら屋台の軽食。 次に

動物園隣の上野東照宮のぼたん苑を鑑賞。お花に興味があるから。よく手入れされて

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おり、傘の下で綺麗に大きく咲いている。

次は東京国立博物館を観て回った。時間が

無く、本館、東洋館、平成館、法隆寺、宝物

館、表慶館の内、本館のみを観て回る。

2時間近く観ただろうか。勿論、西郷さんに

はお久しぶりと目礼。そうして公園一角の

上野駅公園前で姪と落ち合い夕食に出掛

ける。明日の打ち合わせを兼ねて。明日は姪の野暮用、明後日の雨の午前中も野暮用

で二人で都内を巡る。朝は宿から電車を乗り継ぎ、野暮用の目的地に向かう。看板を

見ながら速い人の流れに合わせて進む、壁を曲がって突如、改札口が現れた。ここで

躊躇、人の流れと抵抗、脇へ逸れる。通過して良いのか、悪いのか確認、通過良し。

東京の路線は多くの鉄道会社が連絡し、移動には便利。関西のICOCAでバスを含め

全て乗車可能。便利だ。午後からは銀座に向かう。東京駅で降り、歩いて久し振りに

銀座を歩く、歩行者天国の銀ブラ。姪の働くOfficeも訪れる。姪の勧めるままに

築地本願寺へ。西本願寺(京都)の別院にあたる。古代インド仏教様式の外観。しばし、

寺院内で休憩。疲れたから。次に隣の築地場外市場をぶらぶら。かなり古い市場だ。

新鮮魚を中心に売っている。隣にある日曜日の広い築地市場、一般者は入れず。

今年11月、豊洲に移転する。そして電車に乗り、二人で帰りの東京駅を目指す。

19:00発の新幹線、まだ2時間以上余裕がある。スマホで帰りの予約列車の変更を

試みる。50分切り上げて18:10発に変更し、1時間以上構内、ホームでぶらぶら。

弁当と肴と[E:beer] を買い込み乗車[E:bullettrain] 21時30分余に無事帰宅。

東京中継、経由はあるが都内を訪れたのは4年振り。疲れました。

内密な余談、何時もの失敗談。ホテルの朝食、バイキング形式の食堂。食事中に部屋

の鍵が見当たらない事に気付いた、堂内を探し始める。と、厨房から調理の叔母さんも

捜査に協力してくれた。そして3〜4分後、自ら発見。我が胸ポケット[E:confident] 自己嫌悪[E:think]

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2016年04月19日

不気味な地震

災害列島と言うが、それにしてもここ最近、列島に大きな自然災害、被災が多いと感じる。

毎年、大小の台風が来襲し、梅雨末期には水害が発生する日本列島。

自然を、山麓を切り開くなどの無計画な都市計画も災害を、人災を誘発しているようだ。

2011年3月の東日本大震災、2年近く前の広島の水害、そして今回の熊本大地震。

14日夜の9時半頃、ニュース番組を観ていたら緊急地震速報が現れ、数秒後に強震。

今回の地震、揺れが鎮まる気配を感じない。被災範囲を広げ何とも不気味な地震だ。

近い将来に発生が予想されている南海地震に注目が集まっているが、九州が危ないと

今年、テレビ放送である専門家が言っていたことを想い出す。多くの火山が集まる巣窟、

地域であるから。東日本震災以降、列島全体の地殻に歪みが生じ、運動エネルギーが

溜まっているという。災害は忘れた頃にやって来るでは無く、今や忘れる前に来る。

それにしても天界は下界に対し厳しい仕打ちを容赦なく与える。山麓、海辺まで開発が

進み、交通が、社会が発達し、便利な世の中、時間に精緻に動く世の中、その動きに

小さな狂いが生じると脆くも多くの人々の生活サイクルが大きく狂う。電車の軌道が破壊

すると、道路が寸断するとそれ以上進むことが出来ず、精緻な社会の全体の動きが狂う。

人の、物資の動きが寸断される。ガスも電気も水も食料も燃料も寸断、止まると右往左往

の社会に変身。便利な社会から不便な社会に一変する。

自然災害にはいろいろな災害があるが地震災害はとてもむごい仕打ち。時間的猶予無く、

予告なく一瞬にして恐怖と共に諸々を破壊してしまう。人の活動の、生活基盤、基礎となる

足下の地盤が揺れるから最悪だ。人の営みの基盤となる地盤、地面が安定しないと人心

を始め、全てが安定しない。天界、自然はいつも以下のような多くの仕打ちを一方的に

下界に与え続ける。昔からあるこの多くの自然災害、科学に無知な当時の古代の人が

神に祈る、すがる心境も理解出来ると言うもの。

小生が住む地域は自然災害が比較的少ない処である。しかし、活断層が走っている図を

観ると我が住む近畿地方の県域には多数の小さな活断層が密集している、列島全体

が地震危険列島だ。

○天界は下界に一滴の雨(水)も与えない・・・・・・旱魃
○天界は下界に過剰な雨(水)を与える・・・・・・・・豪雨
○下界に超低温の水を供給する・・・・・・・・・・・・・・雪、雹
○下界に強い陽光による熱を放射・・・・・・・・・・・・熱波
○下界への陽光を遮り低温を放射・・・・・・・・・・・・寒波
○大気圧の強い乱れにより下界を強風で煽る・・・台風
○大気の熱流で下界をピンポイントで渦巻く・・・・・竜巻
○雲間で電気を作りピンポイントで下界へ放電・・・雷
○下界の地盤を強振、断裂、移動・・・・・・・・・・・・・地震
○下界の海底を強振、移動し、海水を興隆・・・・・・津波
○下界の地表面に火砕を噴出・・・・・・・・・・・・・・・・火山噴火
○海流を乱し、気象の規則性を乱す・・・・・・・・・・・異常気象
○温度差で河川等の水を気化・・・・・・・・・・・・・・・・霧
○各要素を複合的に下界に与え、作用を増幅、増大・・多重症状

元会社の同僚、知り合いには九州出身者が多かったが、大丈夫であろうか。

それにしても小生の住む地域に比べ、九州地方はなんと自然災害発生の多い処か。

主な自然災害である多くの台風が上陸、水害、地震、火山噴火の被災が多い処だ。

小生は地質、地震などの面では素人であるが、地震は地下の岩盤のズレ移動で起きる

という。しかし、我々は長い間、深い地下から多くの油を、ガスを抜き取って活用している。

地下に加わる高圧ストレスのガス抜きをしている。このガス抜きの効果の有無は[E:sign02]

多くの原油を産出する遠くの中東、地震発生のニュースはあまり聞かないが砂漠地帯

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    春の花フェスタ(あいにく17日は雨、ボランティア参加・・・ブログ記事とは関係ありません)

が多く、人々への被害は少ない、が、やはり起きているそうだ。 さて、全くの余談

だが、小生、長く生きてきたが運良く今のところ自然災害の大きな被災は免れているが、

運悪く自ら引いた人災被害に喘いでいる。自業自得の一種の同じ不運災害であると。

とっくに精神的苦痛から解放されていても良いのであるが、長期にわたって我が身には

歪みが滞留している。

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2016年04月10日

播州の札所

4月に入り、我が身体は頓に忙しい。4日まで与那国、沖縄に旅をし、6、9日はテニスに、

8日はゴルフにと興じ、友と一緒に身体を動かす健康的な過ごし方だ。

今日10日も出掛けた。青春18切符の期限最終日、播州姫路に出掛けた。

目的地は西国33ヶ所の26、27番札所巡り。効率よく巡る為、事前にネットで電車の、

バスの時刻表を調べ出掛けた。8:09のJRに乗り、姫路に着いたのが10:04。

春の訪れで多くの観光客。そのお目当ては駅正面の姫路城。駅前のバス停に向かう。

バスの路線は50前後はあるだろう。お目当てのバス停乗り場に気を取られていると

同輩らしき男性[E:weep]と縁ありぶつかった。相手は怒り顔、とっさに先に「スイマセン」の一言。

当たった小生が悪いのか、将又、当たられた人が悪いのか、お互いの不注意ではと。

先ずはバス本数の少ない26番札所法華山一乗寺へ。40分乗り、古寺の一乗寺前に

到着。広くはない境内の長い階段を上り、重要文化財である本尊の聖観世音菩薩像を

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祀る本堂を目指す。本堂前には平安時代に建てられた三重の塔。葉桜や、芽吹きで

新緑が映える。本殿で線香を供え、ロウソクをともし、お札を奉納し、ご本尊前で合掌。

お経を読む勤行次第を終え、納経帳に御朱印を戴く。少ない本数の帰りのバス時刻に

合わせたため50分余の短い滞在時間。

始発の姫路駅に戻り、食事を摂り、13:40のバスで27番札所の書写山圓教寺に向かう。

バス停では2人の若いお嬢さんがタブレットを持って困った様子。中国人だ。バスに乗り

話しかけた。 你们去哪儿啊? 車内で少し中国語のお勉強。北京から来た看護婦さん。

2年間の研修をしているようだ。今日は友達の家へ。どうも我が[E:ear]機能が衰えそこそこに。

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こうして30分余で書写山着。更にロープウェイで4分余で山上駅へ。圓教寺の境内は

全山が境内で一乗寺とは異なり広大な境内。更に歩いて本殿の摩尼殿を目指す。

山上から摩尼殿近くまでは有料バスも走っている。長い山道を歩き、ようやく摩尼殿着。

ご本尊は六臂如意輪観世音菩薩像。33ヶ所勤行次第に則り、一連のセレモニーを行い、

御朱印を戴く。秘仏である六臂如意輪観世音菩薩像、国指定重要文化財の「四天王像」

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        摩尼殿                   3つの堂

を特別公開、拝顔してきた。本殿は清水寺と同様、釘を1本も用いずに建てられている

立派な木造建築物。境内が広いということは伽藍もとても多く、もらったパンフレットには

ウォーキングマップなる図があり、ゆっくり回るには半日を要する感じ。この圓経寺の

3つの堂(大講堂、常行堂、食堂)では一昨年のNHK大河ドラマ、「軍師官部衛」のロケ

が行われている。「西の比叡山」とも称し、ここは一つの重要な観光地、外人観光客も多い。

全山、木々の芽吹きが始まった新緑初期、薄日の射す天気であるも木漏れ日で、明るく

広い境内を2時間余を巡り、姫路駅に戻りました。駅前を少し徘徊し、姫路始発の電車で

2時間乗車し、帰りました。着いた駅で、暫し久し振りの道草[E:bottle] その道草先で、調理場

を眺めながらのカウンターに座り、「この柳葉魚、我が輩に抵抗しているな」と、やんわりと

苦情を言った。3匹が左頭に腹を上にして出て来たから。1人がマニュアル通りにやれよ!

と笑いながら注意した。柳葉魚を寝返りさせてから我が口に放り込みました。

こうした会話を楽しみ、少しいい気分で我が家に無事帰還。

これで西国16ヶ所を巡った事になり、半分の折り返し点。遠方札所から攻略しています。

処で、札所巡りをしていると一寺に一話「西国巡礼慈悲の道」という1枚の法話が頂ける。

下記は27番札所の法話内容の一部。

『世の中は見えるものと見えないものがあります。「見えないもの」の存在を確認すること

が問題です。最も問題なのが「神仏」です。無神論者を得意げに語る人がいます。

観音様のお力を知らない人が多いように思われます。観音様の事については観音経に

説かれ、その最後の処に「慈眼をもって衆生を視たまう 福衆の海は無量なりこの故に

頂礼すべし」と示されています。絶えず常に心に観音様を描き、祈り続けて智慧と慈悲

の心で生活することが大切と考えています。これが「念彼観音力」、観音様と通じ合って

念じる力も益々強くなるでしょう。 又、いろいろな姿にもなって接して下さいます。

私の周りの人が観音様と認識すれば、皆が大切であり、布施の心で接しられます。

そうなれば立派な「在家の観音様」と言えます。』 小生には耳[E:ear]の痛いお言葉である。

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2016年04月04日

最西端1人旅4

天気は雨。最終日は朝から雨、強くは無いが、残念だ。ホテルの隣が海洋博公園

公園内の屋内施設の水族館などは雨の影響は無いが、屋外の広い会場、雨は厄介だ。

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チョット様子を観て素通りして行こうと思い、会場駐車場に止めた。入り口には大きく公園

入場は無料とある看板に目が留まった。小降りになり無料会場に入ってみた。

公園内の海水族館などが有料のようだ。9時過ぎで、人影は少ない。一部を観て回った。

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沖縄郷土村とおもろ植物園域を回った、植物園域は足早に回り、郷土村を観に行く。

本部の昭和初期の民家、18〜19世紀の王国時代の民家、近年の民家など多くの当時

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の家屋が展示されている。雨が降ったり止んだりとした天気、1時間弱、足早に会場を

観て回る。団体観光客も会場に入ってきた。

今日の次の行動は、沖縄にある多くの米軍基地を観て回る事。先ず、高速終点の

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許田IC〜石川ICまで高速で走り、基地のトリイステーションに向かう。

所謂、象の檻と呼ばれている電波を受信するアンテナ施設。しかし、鉄条網の外から覗

いたがそんな大きなアンテナ施設は見当たらない。観察位置を変えようと。

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                近年の民家

そしてコンビニから出てきた男に聞いた。大阪人だが、僕の友達は施設にカメラを向け、

注意されたと助言してくれた。施設周り、正門を車中から観察し、次の近くにある嘉手納

基地に向かう。ここは空軍基地だ。周りは鉄条網に囲まれ、樹木で遮られ、土地の傾斜

もあって容易に基地内の様子を伺うことは出来ない。走行しながらの観察だ。柵の所々

に注意書き掲示板がある。大きな基地であるようだ。次の普天間飛行場に向かう。

ここも同様に走行しながらの観察だ。所々に軍用機ではなく多くの軍用車両が観察でき

る。基地周辺が民家に囲まれ、同基地は撤収され、辺野古に移される予定だ。

位置を変え、観察したが、広い滑走路も確認出来なかった。当然のように長い鉄条網で

囲まれている。基地周辺の状況はなんとなく把握できたが、そして基地の好ロケーション

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よりカメラ撮影をと思ったが、撮影に値する

だけの情報、またその行為が目立つから

億劫になり、諦め、退散することにした。

しかし、沖縄滞在、通算3日の最終日、

初日の首里城での爆音以外、軍用機の

機影や爆音は一度も見て、聞いたことが

無い。思っていた以上に静かだ。何故か[E:sign02] 

      沖縄県庁(県庁前駅から)     こうして秘密に包まれた米軍基地を後にし、

レンタカーを1時間早く返却し、ゆいレールに乗り、国際通りで荷物となる土産物を買い、

空港に向かうことにした。17:15分発が10分遅れてANAで大阪空港に向かう。

手荷物検査で引っ掛かった。携帯のQRコードをかざしても発券されないのだ。

職員が動いてくれてOK。小生のチョットしたミス、お許しを。1時間20分のフライト時間。

前ポケットにあるANA雑誌を開けたらスポット照明が突然点灯した。自動、誰がON[E:sign02]

どうやら通路サイトに座る小生の右脇下にある座席の操作ボタンを客室乗務員が密か

に押したようだ。何という気配りに感心、おもてなしに感謝。空港を出て食事に向かう。

どうも半袖では寒い。店内で長袖に着替え、食事をし、帰宅したのは21時半過ぎ。

前回の沖縄は中継地で立ち寄っただけ。今回は沖縄を知ることが出来た。思っていた

以上に発展しており、豊かな県という印象。本土の大きな都市、海辺の都市と遜色はない

ようだ。本土から、海外から、多くの観光客が訪れ経済的にも潤っているように感じる。

沖縄における極東最大の米軍基地の運用が、市民生活に及ぼす影響はどのようなもの

かを少しでも感じることも目的の一つ。この間、米軍機飛行による騒音に遭遇しなかった

から想像した以上にとても静かだった。米軍は小生を意識した行動[E:confident] 一瞬の時間帯、

基地周辺を車[E:car]で回遊しただけではあるが。この状況が日常なのであろうか・・・[E:sign02]。

尚、象の檻という所謂、冷戦遺物の軍用の巨大アンテナは今は撤去されて無いそうだ。

今回の1人旅、トラブルを含めた内容の自己評価、事故も無く満足度は95点である[E:think]

  3日目の走行距離116.4km。 全走行距離310.1km

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2016年04月03日

最西端1人旅3

今日も天気良好。朝食のレストラン、東南アジアからの外国人だ。台湾、ベトナム、中国等

の団体客だろう。起床後、レンタカー店でもらった地図パンフレットを参考に今日の行き先

を決める。先ずは近くにある@「おきなわワールド」へ。次に西原JCT〜沖縄南ICで降りて、

うるま市の海中道路を走り、3島群のA伊計大橋から伊計ビーチへ。

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沖縄北IC〜宜野座ICを降りて、沖縄県が抵抗するB辺野古移設先を訪れ、今日の宿の

ある本部半島に向かう。8:45出発。10分余で到着した「おきなわワールド」。

先ず多くが向かう順路が鍾乳洞の玉泉洞。多くの外国人客と共に地下深く降りていく。

長さ約900m近くもある長くて大きな日本一の鍾乳洞。なかなか見応えのある鍾乳洞だ。

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そして約30分で地上に生還。地上に出て1時間余が経つもこの間、シャッターチャンス

が無く空白記録。琉球ガラス工房、琉装、窯業等の各種体験が出来、販売もしている。

種々の体験が出来ると同時に商品を販売、マーケットの印象が強い。 だから

印象浅く、シャッターシャッタチャンスが無かったのだ。アトラクションのスーパーエイサー

の実演時間が10:30から始まる。沖縄エイサーを現代風に、ショー風にアレンジし実演。

外国人、春休みで子供連れを含むとても多くの観光客で満席である。このショー上演中

の30分間は撮影は厳しく禁止。ワールドで2時間余を楽しみ次の目的地に向かう。

高速の西原JCT〜沖縄南ICへ。ETCレーンから入ると車内のETC警報の間欠警報音が

鳴り出し止まらない。カードの抜き差しを試みるも止まらない。画面に未接続の表示が

出ている。案の定、ETC出口でバーが開かず、誘導案内に従い指定位置へ。

浅瀬の中に伸びる長い海中道路を走り伊計ビーチに向かう。

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      ロードレース大会                  沖縄石油基地

海中道路は片側2車線を閉鎖してうるま市海中ロードレースが開かれ大勢の参加者。

伊計大橋を通り、伊計ビーチへ。海を観ながら走り、次の目的地へ向かう。

今注目を集める辺野古に向かう。沖縄北IC〜宜野座IC。ETCレーンに入ろうかと迷うも

未接続の表示が消えている。不安を感じながらETCレーンへ入る、走行可能と表示が

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       浜比嘉大橋                    海中道路

出て通行バーが開いた。入った途端、警報音は鳴らないが、未接続の表示がまた出た。

しかし、今度は通行バーが開き、無事に出られた。動作不安定だ。

着いたこの辺が辺野古だが、どうも静かだ。農作業をする小生と同歳くらいのおじさんに

尋ねる。すると親切に紙に書いて教えるという、恐縮。作業を休憩したいと思っていた所

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だからと。今日は日曜日、活動も静かだそうだ。テント前の抗議活動を警備会社が警備

行動をしているという。そして座り込みを排除しているという。その案内図に従い進行。

まず訪れた1箇所目は小さなテント村。少なく4〜5人が居る。カメラを向けにくいが

パチリ[E:camera]。次の2箇所目に向かう。直ぐ近くの辺野古米軍キャンプシュワブの正門対面

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                        米軍正門前テント村 

には沢山の青シートのテントが設営され、抗議活動をしている。遠くからパチリ[E:camera]。

ここに来る直前、帰る警備会社の車とすれ違った。おじさんの話では警備活動勤務は

17時まで。内密な話も教えてくれた。現場に出向き、現状を観て少しでも理解することも

必要だ。名の知れたジャーナリストの中には現状認識が出来ない人がいると。そして、

3箇所目に向かう。辺野古沖の全域が眺望でき、遠景が観られるという地点に向かう。

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                 辺野古沖    

静かで基地工事は中断しているようだ。16時頃辺野古を離れ、本部半島の今日の宿泊先

に向かう。名護市に入ると目に付いたのが道路沿いには多くの花々[E:tulip]が咲いている。

赤と白のベゴニアだ。多くのプランターが、並木回りには直植えの多くのベゴニアが。

市内あちこちで目に付く。先の平和祈念公園などでは小生の求めるランタナ[E:bud]が既に

咲いていた。沖縄は南国故に早い。ガジュマルの見事な大木も目に付く。亜熱帯だから。

こうしてナビに導かれて今日の宿泊ホテルに17時過ぎ到着。処で、沖縄で今日までに

軍用機の爆音を聞いたのは初日の首里城公園内で聞いた1回だけ、目にしたのはゼロ

である。春休み故か、それにしても「わ」「れ」の車の何と多きことか。レンタカーだ[E:sign03] 

時折見かける「Y」ナンバー(Yankee?)、どうやら駐留米軍人の運転する車のようだ。

海外観光客が運転するレンタカーには、後部にその旨のステッカーが貼ってあった。

2日目の走行距離171.8km。

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2016年04月02日

最西端1人旅2

今日の天気は上々。旅は一期一会。そして旅はハプニングの連続。困惑のハプニングが

多い。どうして[E:sign02]の自己詰問が多い。どうして失くしたの、何を捜しているの[E:sign02] となる。

マジックだ。持ってきた日焼け止めクリームがまたも行方不明、泥棒[E:sign02]

今日の予定は11:50のフライトで沖縄本島に戻り、沖縄南部をレンタカー[E:car]で巡ること。

ひめゆりの塔と平和祈念公園を。ツアーに頼らない1人旅、マイペースで旅が出来るのが

良い。10:50にホテルが送迎車で空港まで送ってくれる。朝食を済ませば2時間ほどの

自由時間が生まれる。昨夜書いたブログ記事のアップロードを試みる。ロビーエリアが

WiFiエリア。どうも上手く繋がらず中止。とその時、同乗した女性が挨拶に、お互い気を

付けて旅を楽しんで下さい、と言うことで別れる。彼女は与那国島で2泊する。

今日は海底景観を船で観に行くという。ホテルロビーでローカル新聞3紙を読み、地域

情報の収集、個性が出ている。そして、12:00に空港着。空港カウンターで受け付け完了。

5店ほど有る小さな空港売店をチェック、1店主と会話。与那国島で現役漁船の写真の

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      多良間島(平地)                  ひめゆりの塔

一覧が掲示してある。現在活動中は35隻。その主要な漁はカジキマグロの1本釣り。

漁船は減ることはあってもこれ以上増えることは無いだろうという。

待合室の椅子前に放置したリュック、その椅子席上にJALカードがある。小生の空港会社

のマイレージカードだ。どうしてここに有るのだ[E:sign02] 収めたはずだ[E:think] 小生が落したのを

見て誰かが親切にここに置いてくれたのか[E:sign02]誠に申し訳無い。待合室には作業着姿の

乗客も目立つ。言葉が、日本語がおかしな若者に話しかける。「貴方はベトナム人[E:sign02]」

的中、2人は少し日本語の話せるベトナム人作業員。日本人親方が同伴する。

11:50フライト、13:10那覇空港に無事着。おっと危ない、降機の際、座席前ポケットに

入れたカメラを忘れるところだった。危ない、危ない。空港内のレンタカー案内の看板を

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捜し、その案内標識に従い移動する。レンタカー送迎エリアに着くと数社の会社が迎えに

来ている。予約済みのレンタカー営業所に着後、順番待ちの手続き。とても利用者が多い、

家族連れが。14:00過ぎにレンタカー営業所を出発。ナビ設定で目指すは平和祈念公園。

そこへ向かう途中に戦争の慰霊碑である「ひめゆりの塔」があり訪れる。小さなエリアで

ある。合掌。次はその近くにある平和祈念公園へ。15:30前、平和祈念公園に着。

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着いてビックリ、何と広大な公園だ。何と立派な公園施設だ。平和の礎エリア、祈念公園

エリアと広大な面積。公園内には平和祈念資料館がある。これまたとても大きく立派な建物。

その館内に入る。しかし、行楽シーズン土曜日であるも人影はまばら。どうも箱物施設に

見えてくる。維持管理費が大変だ、という印象。財団法人化により管理運用されているよう

だ。強く平和を希求する沖縄県の姿が印象的だ。広大な公園内を1時間半余を過ごす。

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                 平和祈念資料館                                                   平和の礎

1972年沖縄開発庁(現在の沖縄振興局)が発足。沖縄の総合的開発事業、産業振興を

目的とする。今まで毎年多額の税金が投入されている。米軍基地の代償の意味もあるもの。

沖縄は予想していた以上に発展し、豊かだ。未だ年間3000億円を超える振興費が投入

されており、豊かな県という印象だ、羨ましい限り。観光立県だ。その守備範囲は広い。

与那国島、石垣島、西表島、宮古島などと散在する大小の離島等も管轄に含まれる。

公園から10分余で今日の宿泊先ホテルに到着、何とナビはゴルフ場へ案内した。

ホテル併設のゴルフ場。夕食は視野の広い眺めの良い席で食事。前方にはゴルフ場の

コースグリーンが広がり、その先には太平洋が広がる。小生の投資レベルは先の与那国

のホテルと同じであるも食事を含むレベルは格段に良。やはり小島の僻地と異なり全ての

条件が整う本島ならではである。 1日目の走行距離22km。

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2016年04月01日

最西端1人旅1

旅はハプニングが面白い。結構なハプニングもあれば、困惑のハプニングもある。

5時40分起床。部屋の鍵(ICカード)を無くしチェックアウト、申し訳無い。途中、コンビニ

でペットボトル茶を買い込む。ゆいレール県庁駅前を6:15発に乗り、6:30空港着。

手荷物検査場に向かう。多くの乗客。こちらの手違いもあり、最後尾に回り、待ち時間長し。

離陸5分前に乗り込む。買い込んだ未開封のペットボトルは既に行方不明。窓側に着席。

予約した席は丁度翼部にあり、景色を観ることは無理と思っていたら、翼は上方に配置

する双発プロペラ機、下界が見えた。定員39名満席で与那国島に向かう。

ところが離陸前からマナーを忘れた大きな声、騒々しい団体が小生の後方に陣取っている。

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若・中年男6人の中国人だ。不要吵[E:sign03]切符が取りにくいこの時期に良く確保が出来た

ものだ。離陸し、水平飛行になると静かになった。彼らの目的は[E:sign02]解放軍[E:sign02]

そのようにも思える。多くの来日外国人、ここ与那国島も英語、中国語、韓国語の表記で

ある。7:25分離陸し、離陸10分余は多くの島が次から次と見える。慶良間諸島であろう。

小生の隣席は同歳らしき女性。北海道からの1人旅という。切符入手がとても困難だった

と言っていた。9:00に与那国空港着。与那国の天気は曇り。ホテルの送迎バスで宿へ。

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                           お墓群

ホテルのレンタ電動サイクルによる島内周遊も同じ行動となった。ホテルに荷物を置き、

起伏のある島内周遊を開始。初めて電動サイクルに乗ったが適当に楽ちんだ。時計回り

で島を周る。空港、ホテルで手に入れたパンフレットを参考に周っていく。周遊道路は

舗装整備されており、楽だ。3m余の広い歩道もある。人が通行するのでは無く、専ら

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放し飼いの与那国馬や牛だ。歩道の所々は多くの糞でいっぱい。途中、農作業する

老男性と20分ほど雑談。島内には3つの小学校と2つの中学校があると。

貴方の息子さんは跡を継ぐのですか[E:sign02]勿論NO。徐々に島内人口は減っていくだろうと。

これといった作物はないが、お茶となる長命草とサトウキビ、牛馬牧畜の牧草である。

県内一のカジキマグロ漁、与那国精糖(黒糖)という会社が一つあった。畜産、農漁業、

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離島振興建設、観光も主要産業か[E:sign02] 周っているとあちらこちらに自衛隊監視部隊を

祝うという垂れ幕、幟が目立つ。少ないが反対の意見も。周遊後半に大規模な工事現場

が現れた。遠くからの眺めたが、建設機械、車の出入りが頻繁だ。自衛隊の監視基地で

ある。雑談した男性によると家族も同伴のようだ。島の経済的効果も大きい。

日本最西端の西崎灯台ではベビーカーを押す1人の女性にカメラシャッター[E:camera]を依頼。

日本語が堪能な瀋陽出身の中国人女性。埼玉に住んでいるという。未だ2歳くらいの

男児、日本語も上手く2ヶ国語が理解出来るという。

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ナーマ浜でのんびりと珊瑚片、貝殻を探す。と、大きなフェリーよなぐにが入ってきた。

その久部良漁港へ急ぐ。しばし、観察。野菜、食料品、日用品の段ボール箱のパレットが

多い。小さな建築資材なども出て来た。野菜などの食料品を含め、自給率は低いようだ。

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          これといった作物(長命草、サトウキビ)は少なく、多くが牧草地

途中、昼食を摂り一周した。4〜5時間もあれば周れるだろうがゆっくり観て周った。

少し小高い、ロケーションの良い位置から眺めると全島把握が感じられる。

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                自衛隊基地建設

交通量も人も少なく、亜熱帯植物が目に付く南国ののんびりした雰囲気だ。

一周して、時間があるから、再び近くの与那国一の祖納集落を観て回った。小中学校前に

工事を終えようとする真新しい住宅が20戸近くある。自衛隊員家族用の宿舎という。

こうしてホテル出発から、帰着まで7時間余[E:bicycle]

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         祖納港                 久部良漁港

夕食時、レストランのマスターから日焼けしましたねと。用意した帽子と日焼けクリーム

を用いるのを忘れたもの。しかし、慣れない自転車、とても疲れました。アップダウンが多く、

またお尻が痛くなり始めました。レストラン夕食では島の経済の一助にと少し多めのお酒を

戴きました。また、あら不思議ではないが、花粉症症状が大きく後退しました。

遠く離れた与那国島、日本最西端ということで訪れた。島民はどのような状況でどのように

日々の生活をしているのかと集落内を観て周った。基地が出来る前は静かな島であった

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だろう。与那国島、石垣島から127km、台湾から111kmに位置する28.9ku小さな島。

因みに琵琶湖の面積は670kuである。改めて琵琶湖の大きさを見直す。

小生の泊まるホテル、ネットで予約した大きな未だ新しいホテル、宿泊客が多い。

結構、作業服の建設労働者が目に付く。自衛隊基地建設に携わる人達であろう。

1人旅では現地の空気に触れ、ゆっくり回る電動サイクルがお勧め。処で6人の中国人

は何処で何をしているのであろう。明日の予定は12時前に与那国を発ち沖縄へ。

posted by tennismouse at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする