2018年05月31日

論語を学ぶ1

第2回目。初学者の小生、なかなか難しい。それをブログにて説明、大変だ。

今日は人物、管仲の評価である。管仲とは何者??良くワカラン。

帰宅後、ネットで調べる、出て来た。

桓公は、春秋時代・斉の第16代君主。春秋五覇の筆頭に晋の文公と並び数え

られる。鮑叔の活躍により公子糾との公位継承争いに勝利し、管仲を宰相に

して斉を強大な国とした。実力を失いつつあった東周に代わって会盟を執り行

った。」 管仲は、天子(王=桓公)を補佐して政治を行った官とある。

当時、中国に於ける冠位は、帝は王より上位に位置する。
 さて、2012年、成都に中国語を学びに行ったが、その時、一般講座で

中国概況の授業が有り、その時の外国人向け教科書を引っ張り出す。春秋戦国

時代とは、紀元前770〜前221年。当時、140余の諸国が乱立、その戦

乱から残ったのが、斉・楚・燕・韓・趙・魏・秦の7ケ国。この7ヶ国の国内

の勢力争い激しく、社会の激しい変革を反映し、意識形態、主義主張、各種各

様の学派を形成し、百家争鳴。この時代に、孔子、孟子の儒家、老子、庄子の

道家、商鞅、韓非子の法家、墨子の墨家の各学派が誕生し、中国古代伝統思想

の源流を成すとある。  管仲は当時のこの斉の国の宰相、大政治家である。 

参考に、その中国概況教科書では、各時期を、

紀元前770〜前221年 春秋と戦国期 奴隷社会から封建社会への過渡期
紀元前221〜220年  秦から東漢へ 統一封建国家の建設と成立期
   220〜907年 三国から唐代へ 封建社会の発展と隆盛期

今日の論語講義、浅くさらりと復習。 太字が人名

憲問第14の353章     
子産を問う。曰く、恵人なり、と。子西を問う。曰く、彼をや、彼をや、
と。管仲を問う。曰く、人や、伯氏の三百を奪い、疏食を飯いて、歯を
没するまで怨言無し、と。

3人の政治家の孔子の評価である。この中で、管仲を「相当の人物です・管仲
伯氏の駢の邑の三百戸の領地を奪いました。ところが伯氏は、粗末な飯を食
べながら死ぬまで恨みを言わなかったのですから」・・・貝塚茂樹 訳

憲問第14の360章
子路曰く、桓公公子糾を殺す。召忽、之に死し、管仲は死せず。曰く、未だ
仁ならざるか、と。曰く、桓公、諸侯を九合して、兵車を以てせざるは、
管仲の力なり。其の仁に如かんや。其の仁に如かんや、と。

「会盟したとき、武力を用いなかったのは。宰相の管仲の力量に依る。[乱れ
ていた諸国間の争いを、ともあれ平和な会盟にまで持ち込んだその見識と力量
とを見るならば、主君に殉じた召忽のありかたは立派だけれども、天下国家の
点から言えば、]管仲の立派さには及ばない」と。・・・加治伸行 訳

憲問第14の361章  管仲を評価    詳細省略 
八佾第3の62章    管仲の器小哉〜、 と低評価  詳細省略

概ね、管仲の人物評価はいいようである。

孔子は今から約2550年前に生まれる。当時の漢字と今とは異なる意も。

西暦100年に「説文解字」という中国最古の字典、約10000字余。

1716年に「康熙字典」。清の康熙帝の勅撰。中国の漢字の集大成。

漢文表記であり、現代中国語との関係は薄い。さて、エライ講座を申し込み、

紛れ込んだもの、論語研究会のような集まり?!中国歴史も必須。然し、深入

りすると面白そうだ。が、多くの時間を費やす。現状の小生にはとても無理。

しかし、説明を聞くと中国歴史、三国志などは面白そうだ、と感じるもの。

学食で昼食を摂り、書店、生協売店をぶらりし、雨のキャンパスを後にした。

posted by tennismouse at 15:35| Comment(0) | 学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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