2017年01月14日

部分自叙伝

キッカケは新聞記事からのヒントも多い、ブログ記事を書くに当たって。

日本の外交文書公開は30年経過したら原則公開すると載り、当時の中曽根・

中国の胡耀邦トップ会談の外交文書も先日、公開された。

そこで小生の情報、自叙伝も一部公開する。

全く価値のない個人情報だが、昔の現役会社生活の一端を省みようと。

小生は家庭電気製品を製造する某大手メーカーで主に生産技術畑を歩いて

きた。もう、30数年近く前になるだろうか、社内での一研修の話である。

VE(Value Engineering)研修であったと記憶しているが、研修開講冒頭の

人事課長の話。黒板上に、今までは各メーカー間の争いはゲームであった。

今年のシェアーはAメーカーが一位、Bメーカーが二位とシェアー争いの

ゲーム。競合するメーカーは多いが、商売が上手い会社はいつも一位。

それが今後はレース(競争)になると言う。

今後、競争が熾烈になるから、VEでコストダウンを、とのハッパである。

当時は、堺屋太一氏の言う規格大量生産の時代で会社の業績は順風満帆

の絶好調。我が会社で働く従業員は金太郎飴と言われ、大量規格社員の

ように言われた。所謂イエスマン。規格大量生産時代には余計なことは考え

ずに黙々と働く若い同質の規格従業員が重宝だ。国内品ばかりか多くの

輸出品の生産もあり、繁忙を極める。1分として生産は止められない。

国内工場の生産能力限界で将来の有望消費地でもある東南アジアに海外

工場を建設し、日本市場向けとはタイプの異なる大きくて重い製品等を同

工場から近い中近東方面等に輸出。しかし、良き時代は長く続かず、変化が

起きる。時代は常に変化する。既存国内製品の技術に大きな変化が起きた。

最近、粉飾決算で社長引責問題を起こし、技術を自負するT社が、先駆的な

インバーター式の製品を発表(’81年)。この方式、今後の主流になると判断、

社内はその技術的追随に追われる。ON-OFF制御方式から能力可変制御

方式に変わる技術の大変革。製品開発部門にとっては一大事件である。

早速、T社の新製品の解析が始まる。これを機に会社の意識改革の機運が

始まる。この変化、従業員も大変だ。180度の方向転換。金太郎飴に留ま

ってはいられない、多様な発想、企画力、出る杭の社員が求められる。

今までの延長線ではない多様な発想、アイデアを持つ社員が求められる。

日本の経済力が増すと、為替が変わり、円高が進んだ。生産コストの引き

下げと将来の有望大市場を見込んで経済発展の著しい、中国に第二の海外

工場建設が始まる。94年4月、小生も広州から大陸進出。各社が競うよう

に中国メーカーと合弁契約を結び進出。1年後、生産開始。そして国内への

逆輸入が始まる。価格競争、一社が逆輸入すれば、他社も追随する。

それ以前であったであろうか、日本の国策であろうか、会社は韓国の金星社、

今のLG電子から技術、情報、品質、生産面などで多くの技術者の研修を

受け入れ、技術支援を行う。その後、彼らは国内にコピー工場を建設。

こうして技術を得て、価格競争で優位な韓国メーカーに太刀打ち出来ず、

徐々に海外市場を奪われていく。

処で当時、各々一言のみ言葉を交わした研修先の情報処理部門に居て

日本人女性社員と思っていた、日本名 新井さん(情報一種合格)、

そして、品質管理部門に居た男性 金さん どうしているのだろう。

その後会社は専ら労働力の安価な中国工場に的を絞り、一大中国市場

への供給と日本への逆輸入を増やし、国内生産は減少の一途を辿る。

国内生産の縮小、空洞化の進展により、国内従業員に余剰が生まれ、

2001年、会社は希望退職の募集を開始。 小生、進むべき目標があり、

待ってましたと希望退職に手を挙げ、退職。第二の人生を歩む。

この家庭電器製品、技術優位は短く、当時では既に軽工業品、経営判断を

一歩間違うと、遅かれ早かれ海外勢との価格競争に立ちゆかなくなる日が

訪れるもの。
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2016年09月12日

めぐり合わせ

ピンポ〜ンと来客モニターが鳴った。小さな液晶画面を覗くと時折訪れる見馴れたお顔、

年老いたおじさんである。ニコニコしながら優しく話しかける。こちらもつられて気を許す。

表に出て行っても良かったが、小さなモニター越しに2〜3分話をした。積極的に朝起会

への参加を勧める。この前の会報を読んで戴きましたか?冒頭の某教授の記事を読み

ました。どうでしたか?マジョリティとマイノリティの内容で良い記事でした。

そうですか、じゃ、また会報を投函しておきますね、といって投函した。朝起会に来てくだ

さいよ、と催促される。良く存じています、我が父も地域の朝起会に時折参加しておりま

したので。親爺は実妹からの勧めもあって、時折参加していた。親爺は小生と違い朝型

人間。じゃ、参加して下さいよと。朝4時半から某会場で催していますという。

会場まで車で30分以上は要するだろう。私は朝8時に起きてますから朝4時半はとても

無理ですょと断った。よかったら来て下さい、参加して下さい、と言って立ち去った。

人当たりの良いいつものおじさん。何がしかの良いめぐり合わせを運んでいるのかも

知れない、おじさんなのだ。早速、投函された会報を取りに行く。倫理雑誌である。

小生も現役の頃、この種の倫理雑誌の購読を会社の勧めもあり購読していた。

が、余り読まなかった。発行主体は会社の系列出版社が発行しており、社員教育の一環

で、陰では松下教と呼ばれていた。

前回戴いた会報は6月号、今回戴いた会報は10月号である。めくって冒頭の記事を見る

と、”「楢山節考」に見る老いの理想像”というタイトルとなっている。

これは古い短編小説の「楢山節考」であり、映画化されヒットしたとある。時代は明確では

無いが、江戸後期から明治初期ではなかろうかという。棄老伝説を題材にしたもので70

歳の老齢になると食糧の絶対不足から老人は山に棄てられるのである。即ち死である。

その内容はこのくらいにして、毎号、冒頭には会長の記事も載っている。 今回は、

”前に進む「仕合わせ」” の題となっている。この仕合わせ、は、幸せと同じであり、辞書に

は、めぐり合わせが良いこと、とあって意味に違いはありませんと。そうして

オリンピックの金メダリスト選手の発言、体験例を引き合いに出して性質の異なるシアワセ

体験で実践倫理を説明している。その詳しい内容は省略するとして、

小生は、この「しあわせ」の辞書の説明に引っ掛かった、「めぐり合わせが良いこと」に。

めぐり合わせを辞書で引くと、人の意志とは関わりなく巡ってくる運命 とある。

と言うことは、小生はめぐり合わせが悪いと思うもの。めぐり合わせだ。

特に女運のめぐり合わせが悪いのだと。誤って自ら悪いくじを引いてしまうのだ。

だから、今後暫し、あまり女には深入りしない方が良さそうだ、めぐり合わせが悪いから。

時間はないが、めぐり合わせが良くなるまで待つのが良さそうだ。時間がない、没有時間。

鳴くまで待とう・・・・ではないが、寝て果報を待つとしよう。しかし、以前から待っている

のだが・・・・・。時間がない、没有時間。時間がなければ、あの世で待つしかない。

小生の性格からか、めぐり合わせが悪くとも、全く悲壮感はない。考え方一つだ。

人生に勝ち負けは無く、あるがままに・・・・・我が人生。

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2016年07月16日

家運益々

隆盛といきたいところだが、全く逆だ。小生の家運、衰退に向かっている。この不幸な状況

に抗うのではなく、教えに従うまでもなくその波に沿って毎日何とかこのン十年生きている。

衰退の波に移ったのは人生の一大イベント、配偶者の選択ミスが発端。相手が苦労して

いる、と同情し、見誤ったのが衰退に向かった源。苦労では無く、実は大問題ありであった

のだが、見誤った、小生の痛恨極みのミス。この間には、神は小生に一隅の大チャンスを

与えてくれたが、それに背いた、勇気が無かったのだ。小生とは逆の立場の人も沢山いる。

互いに良き伴侶を得て、隆盛の道を進む者もいる。素直に神のお告げ、沙汰を、掟を受け

入れた者が自然の流れに逆らわず、沿って進んでいると思うもの。

幸せというのは案外直ぐ近くにあるもので、そのチャンスを手にするか否かで進む道が

大きく別れる。我が人生の一大イベント迄は、家族4人の家庭は幸運の波に乗っていた。

良くお袋が言っていたが、家族の1人が心身、健康面で悪くなれば、歯車が狂い、こうは

順調には行かない。家族4人が健康であったからこそであると。健康に勝る幸せは無い。

個々の家庭に家運隆盛、衰退があるように、企業、国家も隆盛、衰退を繰り返している。

それを演じる主役は人だ。小生が永年働いた日本の家電メーカーの衰退が、変化が激しい。

発展途上国の追い上げ、生産コスト、価格競争に敗れて立ちゆかなくなっている。

人である経営者が優れていれば、先見の明があれば、傷は浅くて済んだであろうが、

世の中の大きな波動に抗すことは出来ないようだ。

国家の日本も数年前、国難を経験している。500年か、1000年に一度の東日本大震災、

原子力発電所の最悪のメルトダウン事故。この国難に合せるかのようにこの時の日本の

政府は最悪であった。この国難、被害を大きくしたのは人、時の政治であったと思うもの。

この当時の政権を国民が継続していたら日本は衰退していったであろうと今の政権と比

べて思うもの。アジアでは完全に中国に主導権を奪われていたであろうと。

トップの力量の重要性を改めて感じたもの。

昨日のトルコの突然のクーデターに驚き、英国の国論真っ二つも驚く。フランスのテロ事件

にも驚き、バングデッシュでは多くの日本人が犠牲になった。全ては人が起こした営み、

行動。このように社会には多くのリスクが潜む。日本では2013年度の窃盗の認知件数が、

57,891件。年輩小生も毎日のように車を運転するが、高齢化社会、当然周りのドライ

バーも高齢者が多い。窃盗や車社会等々、いつ我が身に、家族に危害が及ぶかも知れ

ないリスク多き社会。危害を受ければ、平和な家庭生活も支障を受ける。大黒柱が支障

を受ければ幸せ、家運隆盛は止まる。世界の平和同様、家庭の平穏もなかなか続くもの

では無い。長いスパンで観れば国家も個人も隆盛衰退のサイクルを繰り返している。

歴史がいろいろ教えてくれているが・・・・・。

この歳になり、人生を振り返って思うもの。ガンバロウ日本ではないが、人間、挫けても

立ち上がり、再び幸せを追い求めるもの。 我没有时间[E:sign01]あの世[E:mist]で追い求めよう[E:confident]

*関連ブログ 2013.3.28  機会の窓

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2016年06月25日

世の動きと感性

日本は2011年に歴史的な大震災、東日本大地震、今年は熊本地震と大きく土台、

国土を揺さぶられ、自然災害の国難が多い。

今朝の朝刊一面、大きな文字で、”英、EU離脱へ”と、載った。国論が真っ二つ、

残留やや優勢の予想が外れ、紙面では今後の世界経済への悪影響に懸念が及ぶ。

今回の英国の離脱、2008年のリーマンショックをしのぐかも知れないとある。

先の先進7ヶ国会議の後、安倍総理は消費税の先送りを表明した。今回の英国の結果を

予想していたわけでは無いだろうが、国内経済の力不足を肌で感じ取り、経済学者など

の意見を参考に自ら慎重に判断したものだが、正に大正解であった。

予定通り上げると言っていたら、総理の信頼性は大きく低下することになっただろう、と

思うもの。後から起こった今回の英国の動きからしても尚更だ。

小生、詳しいことは解らないが、今回の英国のEUからの離脱で世界が動きそうだ。

世界に大きな変化が起きそうだ。歓迎すべきでない、良くない変化が起きそうだ。

地震は地下のプレートの僅かな動きが永年積もって地下に歪みが溜まり、その溜まった

エネルギーを一気に放出する運動。今回の英国民の行動と良く似ているように思えて

ならない。英国民の気高きアイデンティティーと日々の生活実感から小さな変化を感じ、

その変化を耐え忍び、その忍び蓄積していた不満が一気に爆発したようだ。

リスクある大きな変化を選んだのだが、これから世界に大きな波乱が起きそうだ。

小生、この動きの根底は、どうも短絡的に資本主義の限界と結びつけてしまうのである。
       (同ブログ:2015年1月16日記事   資本主義の行き詰まり)

市場には大量のお金が溢れる。それに実物経済が追いつかない、実物市場の成長限界。

この大地震、今後大きな余震を伴い、新たな震源地が生まれ、地震が続発するのだろうか。

EU域内では英国はドイツに次ぐ経済規模。世界規模で津波が広がるだろうと思うもの。

巷の情報と小生の狭い視野、知識からしての感性による感触である。 さて、この感性、

辞書には、物事を心に深く感じ取る働き。感受性とある。英語ではSensitivity。

一人一人が持っている感性。自ら感じ取る感性によって人は判断し、行動している。

どう言うファッションを纏えば自分らしさを表現できるかといろいろ思案する。いろいろ思案

する人もいれば、全く無関心な人もいる。ファッションは無関心でも、料理に強く興味、

関心を寄せる人もいる。反対に無関心な人もいる。感性、関心は人それぞれ。

世の中、多様な価値を、能力を持つ人、個性で構成されている。だから、面白いのだ。

みんな同じ、画一的ではつまらない。美人もおればその反対の人もいる。みんな美人は

あり得ない。夫婦でも面白いものだ。結構、性格が反対の夫婦が上手くいっているように

思えるもの。同じだったら喧嘩が増える?気が短い人に気が長い人、喧嘩にならない。

小生の両親、性格も能力も異なった、だから上手くいく。小生も人の子、お袋と似ている

点が多い。妹は親爺に似ている。お袋は庭に花を植える。小生も花に興味がある。

そこで時折小さな衝突。家計、経済は親爺、お袋は無関心。親爺は目が粗く、開口部が

大きなザル。お金も入るが、その価値を半分にして漏れていく。

その価値を少しでも保とうとする、保つのがお袋。補完関係、上手く成り立っている。

この夫婦、教師夫婦。同じ仕事で教師と言えば抜かりのない夫婦と思うもの。が、しかし、

同じ職業同士だから、よく見える反面、時に2人が見えない、気付かない事も起こりえる

らしい。やはり職業、性格の異なる補完関係の夫婦が良い組み合わせ、と思ったりも。

夫婦2人、2つの脳と4つの眼と4つの耳を持っている。1脳2眼2耳の一体化となるか、

それとも2脳4眼4耳となるのか。それには、孤立化ではなく、特定の人との交わりでは

なく、時に、いろいろな人と多く交わることも必要だ。ストレスが増えるが、自分自身を

見つめるためにも、世間を知るためにも。 小生の思い出観察でした。

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2016年02月19日

高齢化と地方創生

我々の仲間と言っていいのか小生は、その老人の虐待事件が相次いでいる。悲しいことに。

これから今後、予備軍である我々塊世代が大挙して他人様のお世話になろうとしている。

処で、小生には難しい昨日の中国語、

    哎呀!好可爱!          わぁ、すごく可愛いネ

    眼睛大大的,嘴唇红红的    目がバッチリで、唇が紅くて

    脸蛋儿胖乎乎的          ほっぺがプクプクだ

    让我抱一抱吧                    チョット抱っこさせて

人間も動物も生まれたばかりの赤ちゃんは誰もが心底とても可愛いく思うものだ。

この世に生まれ、愛情たっぷりに育てられスクスク育っていく。その小児、児童の成長はとても速い。

そして、速い時間の経過にビックリする。小生などは、もう一年が過ぎた[E:sign02]

この子供の成長に押されるようにして我々先輩世代はあの世へと近付いていく。生まれた順番に。

川崎市の有料老人ホームで起きた3人の入居老人を4階ベランダから投げ落とした。

何と残酷だ。同僚はうすうす犯人に気付いていたというが、彼の主な業務は老人の排泄介助や

おむつの交換という。なかなか若者には出来ない大変な仕事である。老人介護で一番嫌う

大変な仕事である。人間の排泄処理は臭いもあってとても厄介。この仕事の業務の軽減の

ための機械化も試験的に試みられている。防臭しながら温水洗浄、乾燥という一連のサイクル、

布団上の寝た状態でこれらの機械化処理、とても大がかりでなかなか困難だ。

この排泄という臭いのある生理処理が人間の一番の厄介もの、この排泄処理という作業が

無ければ現場の介護者は少し楽だ。このような介護職に就いている職員の仕事はとても尊い。

さて、先日のNHK放送。国が進める地方創生の柱、日本版CCRCの問題点を指摘していた。

上手く機能しないのではと。CCRCとは米国の「継続的なケアを受けられる高齢者の地域共同

体」の略。高齢者の住む街、終の住処という。アメリカ版は日本と違い、その対象者は富裕者層

地方に病院、介護施設、飲食店、スポーツ施設などに莫大な投資で造る街はエリア型。

都会の高齢者を地方に移住させ、地域の活性化を目論む。

しかし、調査では東京在住の60代の男性64%、女性72%が移住の考えは無いという。

20年前、先進的に福岡県朝倉市で行われたこのセカンドステージ構想、しかし、実施10年後

には破綻したという。原因は移住してきた人数が計画の2割ほど、投資も中断し、構想は頓挫。

一方の新潟県南魚沼市では行政が土地を確保し、期待を掛けて、国が勧めるCCRC構想を

推進、街の活性化、地方創生を目論むという。 移住を計画している一人が市を視察した。

そこで目にしたのは現実の介護施設の現場。順番待ちの満杯という。健康な時はいいが、

介護の身になったときに・・・本当に移り住んで大丈夫だろうかと疑う。

片や北九州市では投資コスト削減で高齢者の住んでいた空き家をリフォームし、格安再販売

したところ、30〜40代の多くの子育て世代が移り住んで来たという。

そうしてその子供達、夫婦と高齢者の交流が始まったという。1人の老人は木のおもちゃ作りを

通して子供と親しくなり、高齢者が子育て支援を手助け、相互に助け合いが生まれ、世代間

交流が増え、好循環を始めたという。老若男女だ。

小生、30年ほど前に聞いたNHKFM放送の「日曜喫茶室」というラジオ番組。

その古い放送内容を想い出した。マスターのはかま満緒が放った言葉を。

「老人ホームというと人里離れた処に作り、隔離するように老人のみを集める。これじゃいけない。

赤ん坊の泣き声が、子供の喧嘩、遊びの歓声が聞こえる中で老人も子供も若者も各世代が

一緒に生活する。これが本来の、昔からの人間社会の営み、生活の姿だ」と。

どうも人間の生活の営みを人為的に大きく操作、変更すると人間の営みは微妙に狂うようだ。

自然環境は微妙なバランスの上に成り立っていると言うが、その自然環境、サイクルを人間が

壊すと将来的に大小の弊害が生まれ、人間にも跳ね返ってくるという。

中国では強制的に1人っ子政策が36年間行われた。過剰人口問題への対策であったが、

その突然の対策、導入で無戸籍の子供などが生まれたが、今後、その政策による男女数を

含め、歪な人口構成が社会に悪影響を与えて来るようだ。

posted by tennismouse at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする