2018年09月27日

終活とその準備

先ず、画

大学の講座初日を欠席し、ゴルフに行ってきた。春の自治会コンペ以来の久し

振り、ご近所の3人と。一番若いのは小生、最年長者は小生より丁度一廻り上。

ゴルフ場メンバーである最年長者のバースディプラン優待でお誘いがかかった

もの。ここ3年の恒例である。小生、今回からシニアー割引特典の仲間入り。

雨天後、フェアーウェイはカジュアルウォーターでコンデションは良くない。

全員、レギュラーティよりショット。雨後だが、兎に角、グリーンの転がりも

速く、2パット以内にまとめるのが難しく、今回は42パット。戦績は4人と

も低スコアーで大差なし。一番上手なプレヤーも怠ると技量は落ち、珍しく

最下位に。次回は1ヶ月後の秋の自治会コンペ、今回はその前哨戦である。

本題へ。

いつも話題をもらう作家曾野綾子氏、またも話題をもらった。いつも氏が言っ

ていることで目新しさはないが、またも明確に呟いた。老後についての最期の

時における持論である。現世を愛して、その上で病気になったとき、「無理に

生きようとしない」ことである。自分がもっと生きるべきか、自然に任せるか

が「無理をしない」ことであると。氏は、60歳を過ぎてから、予防的な意味

でのレントゲン検査を受けなくなった。国保の使い方が多いとどこかのマスコ

ミが報じていたような記憶もあるから、せめて自分が予算を減らさないためだ

と。必要最低限の治療、医療を受け自然任せで死を迎える準備が出来ているよ

うだ。小生もここまでの覚悟はまだ出来ていないが、神の思し召し、命の運命、

自然に任せたいもので延命治療までして無理に生きたくないもの。

動物で治療を受けているのは人間のみ、他の野生動物は命を自然に任せて生き

ている。しかし乍ら、人間は術を持っている由。

先日、個性派俳優の樹木希林さんが亡くなった。全身癌を告白したのは5年前、

無理を押して最期まで生涯現役を貫いた。小生同様、彼女も薬嫌い、生活の質

を下げてまで治療するのはどんなものか、と思ってね。食べたいものを食べて、

飲みたいものを飲んでという、当たり前の生活を送りたいのよ、と最期を過ご

す。曾野綾子氏の考えと相通ずる。

昨夜放送していた。鹿児島の病院のACPの取り組み、アドバンス ケア プラ

ンニング(ACP)とは、これからの医療に関する個々の患者さんの価値観、

人生の目標、意向を理解し、共有することを支えるプロセスです。その目的は、

経過が長い慢性の疾患や重篤な疾患に罹った患者さんが自らの価値観や目標、

意向に沿った医療を受けられるように支援することです、とある。

自らの生に対する、人生に対するこれらの考えを整理し、覚悟し、ゆっくり

と考えを醸成していかなければならない。ゆっくりであればいいのであるが、

そろそろとなる年齢域に小生もさしかかっている。「長い慢性の疾患や重篤

な疾患に罹った患者が対象」とあり、延命治療はその範疇となる。

来世はもっと良い人生が待っている、いい人が待っていると考えることが

いいのかも知れない。50年前の最愛の人に巡り会えると自らに暗示させる

のがいいのかもしれない。しかし、現世で最愛の人がいる人には未練が残る。

そして、この世に生まれてきた時、DropOutしたとき、狭い産道を通

って来るお産、妊婦は勿論、赤ちゃんも大きな苦痛を受ける一大事、しかし、

赤子にその時の苦痛の記憶はない。このことから、苦痛の治療中は兎も角、

あの世へDropOutする時は、この世にDropOutした時と同様に、

安らかに来世に召されていくのではないだろうかと考えたりもする。

赤子に戻って行くと。それを最も感じる時は老衰死の時であろう。
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2018年08月17日

予定調和

小生の新聞は週1回、作家、曾野綾子さんの記事が載る。86歳だが思考が

柔軟で時に触発を受ける。敬虔なカトリック教徒でその考えに同調もし、

感化し、教えられる事も多く、波長が合う。問題に対し、見方・捉え方が鋭

いと思うもの。多くが実体験に基づいたもので、これまで国外にも多くの足

を運んでいる。先日掲載されたその記事の内容を以下に抜粋。

   「人智を超えるものを感じる瞬間」:作家 曾野綾子 記
             (前文略)
『イタリアでは、乞食の男が堂々たる犬を飼っていた。人々のお情けで食べて
いる人がどうしてあんな大型犬を飼えるの?と私は聞いたのだが、小さな町で
はその犬が町の「名士」らしい。人間を養っているような立派な犬には、僅か
でも食費を出してやらねばならない、と考えて、皆がお金をやるのである。
その男は、犬が集めたお金の一部で食べている。
中米のある田舎町には、これが家かと思うほど傾いて隙間だらけのボロ家が
あった。子供が5人いるのだが、父親は失業者でアル中なのだという。
一家は近隣の人が持ってきてくれる食料で辛うじて食べていた。
このボロ屋の前には、5匹の仔犬にまだ乳を飲ませている母犬がいた。
             (中略)
ボロ屋には隙間風が吹き通り、こども達には十分な寝具も無い。
計算したわけでもないだろうが、子供も5人。犬も5匹生まれた。子供たちは
夜、めいめい1匹ずつ犬を抱えて、辛うじて寝床と言えるような粗末な布団
に潜り込む。犬のおかげて温かいし、犬も子供に抱かれてよく眠る。
この予定調和は、神の配慮と言いたくなるようなもので、人間の計算ではなし
とげられない。年をとるに従って、私は次第に、人間の計算や 配慮を超えた
運命のなりゆきを、おもしろく思うようになった。人間は 誰でも未来を計算
する。そしてそういう配慮があるから、自分は生き抜いてきたのだ、それが
人間の知恵だと考える。
しかしほんとうに人間を救ってきたのは、人間の小賢しい配慮を超えた、何か
別の予定調和であるような気がする。それを神の業と考える人もいるし、
「偶然だ、おれは運がよかったんだ」と言う人もいるわけだ。  
高齢の私は間もなく人生を終えるわけだが、その最後の瞬間に、これらのこと
が明瞭に見えないか、と期待する面がなくもない。人間として生まれたかった
魂は他にも数限りなくあって、「私」、はその中の途方もなく幸運な1人だっ
た、という説を読んだことがあるが、そうした現世に生きているうちにはわか
らなかったからくりが、生死の境目に一瞬にせよ明確に見えたら、それはまた
途方もないドラマに立ち会えることになるだろう。
私は現世の一部を味わって生きた。しかし真実の意味は、少しもわかってい
なかったとも思えるのである。』

文中の予定調和という語句、初めて目にした。

これまでの人生、兄弟2人、共に相方の類似の因による逆境人生を省み、何が

しかの見えない作用が働いているのではないかと疑ってしまう。偶然?!

しかし、現実を受容し、あるがままに・・・で、共に明るい楽天家だ。

分かり易く言えば神の業が・・・。だから同記事を採り上げた。2年程前に

受講したインド思想の「この世・あの世と輪廻転生する世界」、この講座で

記憶に残ったのは、人類の科学技術はすさまじく発展している。 しかし、

人間は未だ自ら新たな生命体を作ることが出来ない。生命とは尊いもの。

原生動物アメーバーのような単純な生命体も作れない。もし作れたら作れたで

人類は大騒ぎとなるが・・・。このように深く考えると、ヒョッとしたら

死後の別世界があるのではないかと考えてしまう。それは生者から死者となり、

灰となって土に還る。では、その死者の魂、命、心はどうなるのか!!

土に還る?!無になる!?霊魂は彷徨っている?!どうも別の世界があって

現世に見えない力を及ぼしているのではと勘ぐる、それは考え過ぎだろうか?!

歳をとると共に友達、仲間が亡くなっていく。この死への順番は歳の順番通りに

は捗らない。神のイタズラ?!偶然?!誰が決めている!?真実は分からない。

郵便受けに時折入るチラシ、カトリックの福音とある。この前はT教のチラシ、

あなたの身体はあなたのもの? この身体を神様からお借りして生きている。

そして、心だけが自分のものである、と教えられている、とある。

私のものだから勝手に使っても構わないと考えれば、気ままな生き方になるかも

しれない、という戒め、1つの考え方である。 

  尚、小生は浄土真宗西本願寺派です。
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2018年02月03日

隣り合わせの死

吾輩は猫である、ではなく狗である。干支の戌である。鎖に繋がれた愛犬で

ある。鎖は医薬品。勧められて高血圧の薬を飲んでいる。この鎖を断ち切れば

我が生命に危険が及ぶリスクが上がるから医薬品に頼ることになる。否が応

でも一生飲み続けなくてはならない、少し効果に疑問も感じるが。我が父親は

循環器の発作で倒れた。遺伝性も考えると繋がれた鎖から逃れる勇気は失せる。

1回あたり支給される量は60錠、1日1錠、2ケ月分。夏季以外は2ケ月に

一度診療所を訪れる。気温が上がってくる、暑くなってくる夏季は1日半錠を

服用、4ケ月後に診療所を訪れる。相談し、自らの判断で半錠を服用している。

昨夜、薬を貰いにいつもの診療所を訪れた。訪れると受付に、壁面にお知らせ

文が掲示されている、ご心配ご迷惑をかけたと謝罪文。気が付いた。この名前

を見て思い出した。先月末、妙高市のスキー場でコースを外れ、身動きが取れ

なくなった滋賀県の医師親子、ニュースで何度か報道された。診療所に来て、

この猪飼医師の名前を見て思い出した。重なりあった状態で見付かり、凍死で

亡くなったという。体温を奪われ、眠気が襲い、意識朦朧で凍死となったので

あろう。楽しい親子スキー、天候が変化し、道に迷い、一転して遭難。小生よ

り1歳若い、同診療所の院長である。家族の大切な親子が一瞬に亡くなった。

待合室で順番を待つ患者の名前を呼ぶ声を思い出す。人間はいつも死と一緒に

生きているという。病気に、登下校する児童の列に車が突っ込む、登山中に

火山噴火に遭い落石で、大地震により下敷き、大津波にさらわれ亡くなる。

街を歩いていたら建築資材が落下し亡くなる、突然、暴走車が侵入して、と

何時何処で災難、災害に遭うかも知れない。間一髪助かった人もいれば災害

災難に遭遇する人も現れる。運命と言おうか、一寸先は闇である。

我々は死と隣り合わせで毎日を生きている。

処で、不慮の事故の交通事故、昨年の死者数は3694人、昭和23年の統計

以降、最小数という。最多は昭和45年の16765人。

毎週テニスをしている。と、そのはるか上空を銀色の機体が左に右にと頻繁に

行き交う。丁度、飛行コースの下にテニスコートがあるから。この飛行機、

旅客機、昨年は大変な偉業を成し遂げたとある。全世界で発生した死者を伴う

航空機事故10件44人が死亡している。ジェット旅客機の死亡はゼロ

だったという。年間延べ約4,000万機の民間機が40憶人近い乗客を運ん

でいることを考えると、驚異的に少ない数字であるという。最も安全な乗り

物は飛行機、最も危険な乗り物は車のようだ。  一方、

安全が何より求められる医療業界では、状況が大きく異なる。米国で2013

年に発表された論文は、医療過誤による年間死亡者数を40万人と算出して

いた。事故、他力により命を落としたくないものだ。そして当然ながら、他人

の命は奪いたくないものだ。全ては神がお決めになることだが。



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2017年12月24日

人生はメンテナンス

新幹線も、橋も、道路も、発電所も、ビルも、車も、飛行機も・・・。

形があり、機能があるものには日常のメンテナンスがとても重要だ。

道路、鉄道、発電所などの社会インフラ設備はメンテナンスを怠ると社会が

マヒしてしまう。時に大事故にも繋がる。今回、新幹線の台車に亀裂が発生

して、奇跡的にも、幸運にも大事故は避けることができた。紙一重の幸運だ。

我が愛車もリコール対象となり、先日、1日半、車をディーラーに預けた。

1ケ月以上前にリコールの連絡があり、修理日を予約していた。

エンジンとモーターの伝達部のミッション部品を交換するという。販売店

に車を持ち込んだが、そこから専用の修理工場に運ばれ、大補修となった。

技術系の小生は社会に出た若い頃、当初の仕事は設備のメンテナンス業務。

いろいろ現場で業務経験を積む。物の製造行程は上流工程から下流行程に流

れて最終の完成品が生まれる。その間の1台の設備が止まると生産ライン

はストップする。或いは人による代替え生産ができたとしても生産効率は

とても機械には及ばない。生産ラインが止まると作業に携わる多くの作業員

は余剰人員となる。生産効率は低下し、酷くなると製品品質、納期にも影響

が出てくる。これらの社会インフラ設備、日々大過なく機能を果たしている

が、その陰では見えないところで地道な補修作業が行われている。

小生も仕事柄、日曜祭日に、盆、正月休みには大補修で出勤したものだ。

一時、JR北海道で貨物列車がよく脱線した。原因は線路補修が杜撰だった

ために起きたもの。大地震、台風による大被害も原状回復の大メンテナンス。

我が家でもメンテナンスを毎日のように行っている。一番のメンテナンスは

パソコン関連作業。速度が徐々に遅くなり、先日もHDからSSDに交換。

年末、年賀状ソフトが正常に動かなければ修正を試み、バージョンアップが

必要となればアップデートのメンテナンス作業に時間を割かれる。住所録も

最新にメンテナンス。悪性ウィルスの侵入を許せばお手上げのギブアップ。

今日はYoutubeで我がテニスフォームを大画面テレビで映そうと思ったら、

IMG_1936.JPG映らなくなった。原因を探す。あれこれ

2時間、原因が判明した。思いもよらぬ

原因、信頼性ある部品を用いることが大

事だ。原因はUSB電源。どうやら供給

電圧が低くなったようでwifi電波の

受信が少し離れると受信できない。USB電源交換で正常に戻った。

パソコン、スマホ、ipadの画面をwifiでテレビに飛ばし、大画面

で観ている。Google製のchromecastパーツをテレビに差し込んで。

JAXAの衛星ロケット打ち上げも大画面テレビで観ている。

そのchromecastに供給する電源電圧が少し低下して、動作不安定に。

しかし、よく考えてみると人生の多くの時間は、種々のメンテナンスに追わ

れているようだ。年末ともなれば家の大掃除、日常の掃除は家のメンテナン

スだ。エアコンのフィルターを洗い、照明器具を拭き、汚れた下水桝を掃除。

雑草、剪定作業、薬剤散布の庭の手入れも、園芸作業、花の育成、更新作業

もメンテナンス。畑に肥料を石灰を播き、耕し、整地する作業も、リビング

にある多くの観葉植物に定期的に水やり、これもメンテナンス。

衣服を洗う、風呂の掃除、掃除機のごみ処理も。女性であれば化粧はメン

テナンス。テニスでゴルフで腰痛が、肩痛が起きれば、風邪を罹患すれば、

健康診断は病院で身体のメンテナンス。歯の噛み合わせが悪くなれば歯医者

へ。文字が見えずらくなれば視力矯正。冬季に血圧が上がれば降圧剤を服用。

指をナイフで傷付ければ、身体はその部分の細胞組織の修復に動き出す。

夫婦仲が悪くなれば、親子断絶が起きれば修復に精を出す。詐欺被害に

会えば、元通りの原状回復するまで警察などとの連携作業に努力する。

これらは精神面のソフトメンテナンス。範囲が広がり、話が大きくなり

過ぎたが人生はメンテナンスだ。原状回復、正常維持を求めるメンテナンス。

巷では、便利屋、草むしり などの隙間産業、新たな商売も生まれている。

*英語辞書には、maintenance:維持、保持、持続。道路・建物・車・
        機械などの整備、保存、管理、保守、点検 とある。

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2017年07月20日

すべては借り物

小生のブログ記事に、「神」という語が良く出てくる。「神の仕業」と

いう句も良く用いる。どうも説明が付かない、何か不思議だ、運が悪い、

不運だ、と思うときに便宜的に使っているようだ。

昨年、新語の「神ってる」(神懸かってる)と言う語が流行語大賞に選ば

れた。この言葉を発した鈴木はマグレと思われイヤだったとも言っている。

処で、小生の購読する新聞に週1回、作家 曾野綾子の連載記事が載る。

1回完結編の日々の所感のような記事である。小生、本はあまり読まない

から彼女の小説を読んだことはないが・・・。85歳の彼女、頭が、思考

が柔軟、斬新で、その発想力に感心する。頭脳は、思考力はとても若々し

い。彼女はカトリック教徒、洗礼名はマリア・エリザペト。亡くなった夫

も同教徒。先日、週一回の記事が載った。以下はその内容の一部である。

 756回  夫のへそくりと子猫  才能も幸運もすべて「借り物」

『先日、ある日曜日に、私は急に歩くのが遅くなった。家の中である。

多分頭の中の回線が、1、2本切れたのだろう、と思ったが、まだ文章

も書けるし、料理もできる。できのほどはわからないが・・・人間をやっ

ていける範囲だから、大したことはないと思うことにした。

 私はカトリックの修道院の経営する学校で育ったので、人間の才能は

すべて神から貸し与えられた、という考え方にならされてきた。生徒の

中にはそのように「洗脳」された人もいるし、決してそうは思わなかっ

た人もいる。私の友達の中には、どちらのタイプもいる。

 スポーツ選手は、厳しい訓練の末に、すばらしい記録を手にするのだ

が、その訓練に耐える気力・体力も神にいただいたものだ、というふう

に考えるのである。

 つまり才能も能力も幸運もすべて借り物だ。借りたものというのは、

まともな人ならいつか、貸主に返す。まともでない人でも、あの世ま

で持っていくことはできない。見ること、聞くこと、歩くこと、すべて

与えられるもので、それを一つずつ、あるいはいちどきに全部お返し

することもある、と考えられている。

 死ぬ前に、身辺整理をしたい。借金は返していこう、という程度の考

えは、それほど珍しくない。ごく普通の人なら、そのような思考の形態

を取るのがむしろ当然なのだろうから、老人が一つずつ機能を失うの

は、それほど変わった変化ではないだろう。

 しかし、才能も財産もすべて「自分の」力の結果だと思う人は、

取り上げられることが、どうしても許せないだろう。

 6月初め、私は夫の遺品の中から、12万円のへそくりを発見した。

そして通りかかったホームセンターで、そのお金に少し足して、一応血

統書というもののついた子猫を買ってしまった。私は夫の死の数力月前

から、貰い手のない雑種の子猫をほしいと思っていたのだが、今時、要

らない子猫がなかなか見つからなかったのである。・・・ 以降省略』

才能も幸運もすべて「借り物」。誰からの借り物?神からの借り物と。

であれば、不運、不遇は?これも借り物、神から与えられたもの?

これを与えられた当人には苦境、人生試練が訪れる。神は不平等?

いや、考え方によっては、この試練、苦境、不運は、己の人間性、人格

を磨き、修身しろ、そして精一杯、楽しく生きろ、という風に捉える

ことも出来るもの。悩みの無い者などこの世にはいない。与えられた

範囲で精一杯生きろ、となる。試練に負けて、嘆き、落胆し、自暴

自棄のヤケになり、乱暴を働く輩も現れる。 しかし、

ものは考えようだ。嘆いていても得られるものは何もない。

理不尽を正し、公明正大に前向きにあるがままに生きよう・・・。

神のお召しに従って。
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2017年07月01日

拉致と人権

第49回 人権を考える大津市民のつどいが青山市民センターで開かれた。

「人権・生涯」学習推進協議会の催し。講師は拉致被害者である蓮池薫氏。

夢と絆を求めて」「翻弄された運命の中で」と題して。興味が有り前も

って我が計画に計上していた。とても興味を抱く友達と一緒に聞きに行った。

20分前に市民センターに着くも予想通りで会場は既に超満員、席は無く

立ちながら聞く羽目になった。その概略内容である。

1978年に拉致され、24年間、北朝鮮で過ごす。帰国15年が経過した。

北朝鮮は1960年代から外国人を拉致をしているようだ。

IMG_20170701_140629672.jpg日本との拉致問題の政府間協議で北朝鮮は

5名生存、8名死亡と告げた。北朝鮮に火葬

は無く土葬が昔からのしきたり。大雨で墓が

流されたとか言うも説得力がない。 

何故 拉致被害者を帰さないのか?

秘密がばれるから。しかし、多くの機密を持つ幹部が亡命しており、現在

では、拉致被害者を帰さないという理由は見当たらず、その主目的は見返り

である。それには経済協力、核、ミサイルに繋がらない現物支給である。

電力事情が悪い。多くの5階以上の建物は人が住んでいない。

それはエレベーターが動かない、水道の水圧が上がらないからで、送電線や

配電線などの電力の経済協力も一つの選択肢。    拉致とは、

命以外全て奪われる夢と絆を奪われる。現地で生まれた子供の希望も無い。

いつも監視され自由が無い。あるとき車に乗せられ平壌市内を移動している

と多くの日本人が居た。直ぐに判別できる。放送局の一団で、その中に

中村敦夫さんがいた。あの一団に近付き「生きている」という手紙を内緒で

渡したい衝動が、しかし、危険多く出来ない。年に1〜2回、市内ハイキング

がある。外国人も見かけ、トイレなどで英語のメモを渡したいがチャンスが

ない。1978年6〜9月、この間に北朝鮮は9人の日本人を拉致している。

拉致の目的はスパイにすること。レバノン、タイ、ルーマニア等々から若い人

を拉致している。7月31日妻と二人で拉致された。夜の海岸に二人で居る所

を拉致、二人で歩いているとどうも歩調を合わせて何人かが付いて来る気配を

感じていた。そして海側から1人の男がタバコの火を貸してくれと日本語で

話しかけた。男は大阪で暮らしたことのある在日朝鮮人の経歴、周りに人が

少なくなった所を見計らって行動に出た。歩調を合わせた数人の男に腕力で

押さえ付けられ、布袋に入れられ、2〜3日で朝鮮の清津港に着いた。

睡眠薬を飲まされて眠ってもいたようだ。そこから招待所(アジト)へ。

自分の意志で来たわけでは無く、この先どうなるのかという不安、死への

恐怖心、心はパニック状態。妻に逢わせてくれと言うも日本へ返したという。

あるとき、レバノン人の若い女性4人を拉致している。強制拉致では無く、

日本の企業で働きませんかと勧誘し、着いたところが北朝鮮。一定期間、教育

を受け、海外に派遣されたベオグラードで大使館に逃げ込み、脱出に成功。

そしてある日、結婚しないかと尋ねられた。相手は朝鮮に居ないと思っていた

妻、ビックリした。この結婚は心理的作戦の一環だと思った。結婚させ2人を

安心させる。子供を授かったがどう育てるかでも悩んだ。日本語教育をすると

将来、日本人スパイとして利用されるのでは無いか。そこで、我々両親はまだ

小さな子供に対し、日本人ではなく朝鮮人と言うことで教育した。

田口八重子さんや横田めぐみさんは生きている。しかし、両親が高齢であり、

時間が無い。解放されても5〜10年は一緒に住まないと長い空白は戻らない。

北朝鮮の体制は不安定だ。世界情勢によって翻弄されている。瀬戸際外交と

言われるように。ソ連邦の崩壊、中国と韓国の国交正常化(1992年)、

韓国金大中政権誕生などで浮沈、翻弄されても居る。中国、ロシア、韓国が

ダメなら、次は日本だ、と言うことで国交正常化交渉が始まり我々は帰国する

ことが出来た。一時帰国で有り、戻る条件であったが、家族間で騒動、葛藤が

あった。子供が朝鮮に残っていると言うこともあって。しかし、兄の説得、

判断も有って戻るのを留まった。1年半後には子供も帰ってきた。 さて、

講演を終え、友達が言った。何も拉致は北朝鮮だけの問題では無いのだと。

この平和な日本にも立派に存在するのだと。彼は30年前、1歳半の子供を

無理矢理拉致された。有る夜の夫婦喧嘩が発端で嫁方の親爺がタクシーで乗り

付け、彼の家族の抵抗を振り切り、強引に連れ出したのだ。離婚30年、父子

面会の決め事(18歳まで)を守った事は一度もなく、孫の顔を見ることなく、

その後、彼の両親は亡くなっている。この30年間、スパイ教育ならぬ洗脳

教育でこちらの有らぬ非を一方的に教育、所謂る欠席裁判を。子供優先では

なく自分優先の行動パターン、子供の人権無視、親子の絆無視に呆れると。

最近、戸籍から子供が結婚していること、住所も判明したが、静観、子供から

訪れてくるのを待つしか無いと諦め顔。思想教育結果に脅えて。どうも彼の

前妻は長い時間働くことが出来ない病的ヒステリーらしい、父娘の親子2代

という。しかし、至らないのは己だと彼は自虐的、自分が相手を見初めたか

ら、罠にかかり、誤って。そこで小生は一言、いや、違う、それは神の仕業

だと。そして、まぁ、世の中、こんなもの、あるがまま、なすがままですょ、

と慰める。小生も理不尽には強いアレルギー反応を示す者だが・・・。

最後に、彼は蓮池さんに同感だという。1億2千万人いる日本人の中で

何故俺が拉致被害者にならなければならないのだと言うことに。

*関連ブログ  2010.11.3  聴講6


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2017年06月27日

神はいる!?

時を刻み、時間が進む。

時間が進めば変化は起きる。

身構えるも、時にその変化に驚く。

何故か知らぬが、神のイタズラを感じる今日一日。
posted by tennismouse at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする