2017年06月27日

神はいる!?

時を刻み、時間が進む。

時間が進めば変化は起きる。

身構えるも、時にその変化に驚く。

何故か知らぬが、神のイタズラを感じる今日一日。
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2017年05月05日

まだ寝てるもう寝てる

今日のニュースに半年間に4日しか休めずに過労死というニュースが載った。

過去のサラリーマン川柳に、「まだ寝てる、もう寝てる」という句もあった。

日本にしかない過労死、十分な休息時間を取らずにただ働く、働かされる半強

制労働時間。月200時間を超える労働時間、休みたくても休めない。ならば、

会社は1人の社員を補充し、シェアーすれば解消されると思うのであるが、

1人分の総人件費は高い。であるから会社は現有人員でオーバーワークさせる

こととなる。仕事量が減れば超過労働時間も減り、仕事量の変化に対する融通

性も得られる。しかし、仕事は出来る人間に集まるが・・・。

超過勤務時間に苦しめられ、自ら身を滅ぼす選択をする、なぜ、苦しみから解放

される選択、会社を辞める最終選択をしないのであろうかという疑問も湧く。

そこで、小生の30代後半の働き盛りの頃の労働時間を調べた。 

我が家には親爺の昭和21年頃より、小生の平成14年頃までの約60年近く

の過去の給与明細表を全て整理保存している。小生は親爺と異なり、戦後の恵

まれた社会環境下で育った長男、ハングリー精神はなく、残業勤務は消極的。

専ら自らの自由な時間を優先する持ち主のマイホームタイプ。

これに反し、先代親爺は貧しい環境下で育った為、真面目でよく働くタイプ。

人の都合で短期の長時間勤務に陥り、親爺が放った苦痛の一言を覚えている。

疲れが度を過ぎると心身きつくて食事も喉を通らないと言っていた

現役当時の我が職場には九州などの地方出身の社員も多い。彼らは所帯を持ち、

子供を育て、マイホームを手に入れなければならない、だからよく働く。

小生はそのような環境、重い荷物を負ってないから彼らほど働かない。

職場は3〜4つ変わったが、最も長く働いた職場は同僚にも、自らの適職にも

恵まれ快適に働いた。人事の適材適所の人材配置のお陰である。仕事は面白い

が、しかし、残業は消極的。残業時間が多いと会社の評価は高いようだ。

仕事を積極的にしていると見なされるようだ。しかし、社員もいろいろいる。

隣の主人は帰りがいつも遅い、何故貴男は早いのかとなじる、嫁が。だから

残業をする。家のローンが残っている、割り増しで頂ける残業時間は美味しい

時間と言って仕事を残業に回す輩もいる。残業大好きで本給より残業手当が

上回る輩もいる。小生のような者も居れば、小生とは正反対の者もいる。

もし小生にマイホームローンが、子育ての経済的負荷が重くのしかかれば彼ら

同様、自ずと働き蜂となっていたであろう。昼間の仕事を残業に配分調整する

者もおれば、小生のように兎に角、素早く仕事を処理して早く帰ろう、フリーに

なろうという輩もいる。フリーとはいいものだ。小生の通勤時間は往復2時間半。

ある職場に居た頃、上司は暗に小生を批判した。官公庁と違うから、定時に退社

すべきでないと。その後、彼は小生に鉄槌を下し、10年の謹慎刑。これで小生

の会社人生は昇進限界へ。その後、適職職場に配置替え。我が人生にはこの世で

会ってはいけない人物が二人居た。その1人が彼である。刺された小生も痛いが、

刺した本人も痛い。3〜4年後、彼は放逐された。それから10年位後だろうか、

フレックス勤務制度が始まり、柔軟な勤務が可能になり、親の療養介護にも利用。

会社は業績が悪いときには残業規制時間をかける。しかし、仕事量は変わらない。

自然とサービス残業となる。反対に業績が良いと規制はなくなり、残業手当で

分配。このようにして会社(事業部)の業績を微調整しているようだ。 因みに

小生の昭和61年1月〜昭和62年12月の24ヶ月間の1ヶ月あたりの

残業時間を調べた。max36.5時間、min2時間、月平均16時間である。

仕事柄、休日出勤、連休中の出勤もあるが、代休取得が前提である。同僚の中に

は、自発的に月200時間前後(休出含む)の残業をする輩も居る。背中の荷物

が重いのか、将又、仕事への取り組みに対するアピールでもあるようだ。これは

多過ぎる。小生のこのような少ない残業時間、少しは注目したであろう、人事は。

残業を避けて得たこの自由な時間、何に使っていたのであろうか。今から考え

ると、結構、自己啓発に費やしていたようだ。それは好きなパソコンの勉強。

1979年頃がパソコンの勃興期。当時は高価であったが、これにかなり夢中

になっていたようだ。しかし、これが直ぐに仕事に生かされる事と相なった。

この初期段階のパソコンを職場に導入し、早速仕事に活用、データー解析で

アピール。会社はもっと認める?べきであるのだが、世渡りは下手クソォ

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2017年01月14日

部分自叙伝

キッカケは新聞記事からのヒントも多い、ブログ記事を書くに当たって。

日本の外交文書公開は30年経過したら原則公開すると載り、当時の中曽根・

中国の胡耀邦トップ会談の外交文書も先日、公開された。

そこで小生の情報、自叙伝も一部公開する。

全く価値のない個人情報だが、昔の現役会社生活の一端を省みようと。

小生は家庭電気製品を製造する某大手メーカーで主に生産技術畑を歩いて

きた。もう、30数年近く前になるだろうか、社内での一研修の話である。

VE(Value Engineering)研修であったと記憶しているが、研修開講冒頭の

人事課長の話。黒板上に、今までは各メーカー間の争いはゲームであった。

今年のシェアーはAメーカーが一位、Bメーカーが二位とシェアー争いの

ゲーム。競合するメーカーは多いが、商売が上手い会社はいつも一位。

それが今後はレース(競争)になると言う。

今後、競争が熾烈になるから、VEでコストダウンを、とのハッパである。

当時は、堺屋太一氏の言う規格大量生産の時代で会社の業績は順風満帆

の絶好調。我が会社で働く従業員は金太郎飴と言われ、大量規格社員の

ように言われた。所謂イエスマン。規格大量生産時代には余計なことは考え

ずに黙々と働く若い同質の規格従業員が重宝だ。国内品ばかりか多くの

輸出品の生産もあり、繁忙を極める。1分として生産は止められない。

国内工場の生産能力限界で将来の有望消費地でもある東南アジアに海外

工場を建設し、日本市場向けとはタイプの異なる大きくて重い製品等を同

工場から近い中近東方面等に輸出。しかし、良き時代は長く続かず、変化が

起きる。時代は常に変化する。既存国内製品の技術に大きな変化が起きた。

最近、粉飾決算で社長引責問題を起こし、技術を自負するT社が、先駆的な

インバーター式の製品を発表(’81年)。この方式、今後の主流になると判断、

社内はその技術的追随に追われる。ON-OFF制御方式から能力可変制御

方式に変わる技術の大変革。製品開発部門にとっては一大事件である。

早速、T社の新製品の解析が始まる。これを機に会社の意識改革の機運が

始まる。この変化、従業員も大変だ。180度の方向転換。金太郎飴に留ま

ってはいられない、多様な発想、企画力、出る杭の社員が求められる。

今までの延長線ではない多様な発想、アイデアを持つ社員が求められる。

日本の経済力が増すと、為替が変わり、円高が進んだ。生産コストの引き

下げと将来の有望大市場を見込んで経済発展の著しい、中国に第二の海外

工場建設が始まる。94年4月、小生も広州から大陸進出。各社が競うよう

に中国メーカーと合弁契約を結び進出。1年後、生産開始。そして国内への

逆輸入が始まる。価格競争、一社が逆輸入すれば、他社も追随する。

それ以前であったであろうか、日本の国策であろうか、会社は韓国の金星社、

今のLG電子から技術、情報、品質、生産面などで多くの技術者の研修を

受け入れ、技術支援を行う。その後、彼らは国内にコピー工場を建設。

こうして技術を得て、価格競争で優位な韓国メーカーに太刀打ち出来ず、

徐々に海外市場を奪われていく。

処で当時、各々一言のみ言葉を交わした研修先の情報処理部門に居て

日本人女性社員と思っていた、日本名 新井さん(情報一種合格)、

そして、品質管理部門に居た男性 金さん どうしているのだろう。

その後会社は専ら労働力の安価な中国工場に的を絞り、一大中国市場

への供給と日本への逆輸入を増やし、国内生産は減少の一途を辿る。

国内生産の縮小、空洞化の進展により、国内従業員に余剰が生まれ、

2001年、会社は希望退職の募集を開始。 小生、進むべき目標があり、

待ってましたと希望退職に手を挙げ、退職。第二の人生を歩む。

この家庭電器製品、技術優位は短く、当時では既に軽工業品、経営判断を

一歩間違うと、遅かれ早かれ海外勢との価格競争に立ちゆかなくなる日が

訪れるもの。
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2016年09月12日

めぐり合わせ

ピンポ〜ンと来客モニターが鳴った。小さな液晶画面を覗くと時折訪れる見馴れたお顔、

年老いたおじさんである。ニコニコしながら優しく話しかける。こちらもつられて気を許す。

表に出て行っても良かったが、小さなモニター越しに2〜3分話をした。積極的に朝起会

への参加を勧める。この前の会報を読んで戴きましたか?冒頭の某教授の記事を読み

ました。どうでしたか?マジョリティとマイノリティの内容で良い記事でした。

そうですか、じゃ、また会報を投函しておきますね、といって投函した。朝起会に来てくだ

さいよ、と催促される。良く存じています、我が父も地域の朝起会に時折参加しておりま

したので。親爺は実妹からの勧めもあって、時折参加していた。親爺は小生と違い朝型

人間。じゃ、参加して下さいよと。朝4時半から某会場で催していますという。

会場まで車で30分以上は要するだろう。私は朝8時に起きてますから朝4時半はとても

無理ですょと断った。よかったら来て下さい、参加して下さい、と言って立ち去った。

人当たりの良いいつものおじさん。何がしかの良いめぐり合わせを運んでいるのかも

知れない、おじさんなのだ。早速、投函された会報を取りに行く。倫理雑誌である。

小生も現役の頃、この種の倫理雑誌の購読を会社の勧めもあり購読していた。

が、余り読まなかった。発行主体は会社の系列出版社が発行しており、社員教育の一環

で、陰では松下教と呼ばれていた。

前回戴いた会報は6月号、今回戴いた会報は10月号である。めくって冒頭の記事を見る

と、”「楢山節考」に見る老いの理想像”というタイトルとなっている。

これは古い短編小説の「楢山節考」であり、映画化されヒットしたとある。時代は明確では

無いが、江戸後期から明治初期ではなかろうかという。棄老伝説を題材にしたもので70

歳の老齢になると食糧の絶対不足から老人は山に棄てられるのである。即ち死である。

その内容はこのくらいにして、毎号、冒頭には会長の記事も載っている。 今回は、

”前に進む「仕合わせ」” の題となっている。この仕合わせ、は、幸せと同じであり、辞書に

は、めぐり合わせが良いこと、とあって意味に違いはありませんと。そうして

オリンピックの金メダリスト選手の発言、体験例を引き合いに出して性質の異なるシアワセ

体験で実践倫理を説明している。その詳しい内容は省略するとして、

小生は、この「しあわせ」の辞書の説明に引っ掛かった、「めぐり合わせが良いこと」に。

めぐり合わせを辞書で引くと、人の意志とは関わりなく巡ってくる運命 とある。

と言うことは、小生はめぐり合わせが悪いと思うもの。めぐり合わせだ。

特に女運のめぐり合わせが悪いのだと。誤って自ら悪いくじを引いてしまうのだ。

だから、今後暫し、あまり女には深入りしない方が良さそうだ、めぐり合わせが悪いから。

時間はないが、めぐり合わせが良くなるまで待つのが良さそうだ。時間がない、没有時間。

鳴くまで待とう・・・・ではないが、寝て果報を待つとしよう。しかし、以前から待っている

のだが・・・・・。時間がない、没有時間。時間がなければ、あの世で待つしかない。

小生の性格からか、めぐり合わせが悪くとも、全く悲壮感はない。考え方一つだ。

人生に勝ち負けは無く、あるがままに・・・・・我が人生。

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2016年07月16日

家運益々

隆盛といきたいところだが、全く逆だ。小生の家運、衰退に向かっている。この不幸な状況

に抗うのではなく、教えに従うまでもなくその波に沿って毎日何とかこのン十年生きている。

衰退の波に移ったのは人生の一大イベント、配偶者の選択ミスが発端。相手が苦労して

いる、と同情し、見誤ったのが衰退に向かった源。苦労では無く、実は大問題ありであった

のだが、見誤った、小生の痛恨極みのミス。この間には、神は小生に一隅の大チャンスを

与えてくれたが、それに背いた、勇気が無かったのだ。小生とは逆の立場の人も沢山いる。

互いに良き伴侶を得て、隆盛の道を進む者もいる。素直に神のお告げ、沙汰を、掟を受け

入れた者が自然の流れに逆らわず、沿って進んでいると思うもの。

幸せというのは案外直ぐ近くにあるもので、そのチャンスを手にするか否かで進む道が

大きく別れる。我が人生の一大イベント迄は、家族4人の家庭は幸運の波に乗っていた。

良くお袋が言っていたが、家族の1人が心身、健康面で悪くなれば、歯車が狂い、こうは

順調には行かない。家族4人が健康であったからこそであると。健康に勝る幸せは無い。

個々の家庭に家運隆盛、衰退があるように、企業、国家も隆盛、衰退を繰り返している。

それを演じる主役は人だ。小生が永年働いた日本の家電メーカーの衰退が、変化が激しい。

発展途上国の追い上げ、生産コスト、価格競争に敗れて立ちゆかなくなっている。

人である経営者が優れていれば、先見の明があれば、傷は浅くて済んだであろうが、

世の中の大きな波動に抗すことは出来ないようだ。

国家の日本も数年前、国難を経験している。500年か、1000年に一度の東日本大震災、

原子力発電所の最悪のメルトダウン事故。この国難に合せるかのようにこの時の日本の

政府は最悪であった。この国難、被害を大きくしたのは人、時の政治であったと思うもの。

この当時の政権を国民が継続していたら日本は衰退していったであろうと今の政権と比

べて思うもの。アジアでは完全に中国に主導権を奪われていたであろうと。

トップの力量の重要性を改めて感じたもの。

昨日のトルコの突然のクーデターに驚き、英国の国論真っ二つも驚く。フランスのテロ事件

にも驚き、バングデッシュでは多くの日本人が犠牲になった。全ては人が起こした営み、

行動。このように社会には多くのリスクが潜む。日本では2013年度の窃盗の認知件数が、

57,891件。年輩小生も毎日のように車を運転するが、高齢化社会、当然周りのドライ

バーも高齢者が多い。窃盗や車社会等々、いつ我が身に、家族に危害が及ぶかも知れ

ないリスク多き社会。危害を受ければ、平和な家庭生活も支障を受ける。大黒柱が支障

を受ければ幸せ、家運隆盛は止まる。世界の平和同様、家庭の平穏もなかなか続くもの

では無い。長いスパンで観れば国家も個人も隆盛衰退のサイクルを繰り返している。

歴史がいろいろ教えてくれているが・・・・・。

この歳になり、人生を振り返って思うもの。ガンバロウ日本ではないが、人間、挫けても

立ち上がり、再び幸せを追い求めるもの。 我没有时间[E:sign01]あの世[E:mist]で追い求めよう[E:confident]

*関連ブログ 2013.3.28  機会の窓

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