2017年01月11日

四苦を超える6

この講座、前後期全12回、小生は後期より受講。今日は後期の最終講義である。

講師は医師であり、同龍谷大学の教授でもある。大分県の某病院院長でもあり、

講義の都度、新幹線で通学しているようだ。小生より1歳若い。

仏教と医療の協力関係の文化を創ることに活動しておられる。

仏教とは大学医学部に在学中に仏教青年会に入ったことがご縁という。

講義冒頭、皆さんは大学近くに居られていいですね、という。大分では仏教の

本格的な勉強をするには無理があり、やはり京都の仏教大学に向かうと。

その点、アカデミックな京都近郊に住まわれている皆さんはいいですねという。

さて、その前に今日の朝刊記事に「超高齢化社会をどう生きるか」と載った。

某新聞の常連の執筆者の記事である。その記事後半に、『老いれば老いるほど

生への執着が癌恐怖となり、これが現代の医療と結びついたときには、人生の

最期が過酷なものたらざるをえないという予覚だけは失うまいと私は構える。

精神医師の森田正馬は「不安常住」といい、森田の高弟の高良武久は「人間は

不安の器だ」という。神経症者とは、不安や恐怖を誰にもありうる当然の心理と

して「あるがまま」に受け取ることが出来ず、不安と恐怖を「異物化」し、排除しよ

うと努め、はからう。その為にますます強く不安と恐怖に囚われ、抑鬱と煩悶に

貶められた人々のことである。「死の恐怖」とは「生の欲望」の反面であることを

ありありと認め、死への不安・恐怖と共存しながら、自己の目的に沿うて生を

織り紡いでいかなければならない。私は森田のこの思想に準じて残りの生を

送って行きたいと考える』

この死への不安・恐怖を少しでも和らげるものが仏教であり、今回の講義の主体

である。死をどういう風に考えるか!本当に生きることが大事だ。本当に生きる

とは。「死んだらどこへ行くのか」この問いは、死んだ後が問題なのではなく、生き

ている今が問われている。死によって滅びてしまうような貧しい「生」しか生きてい

ない、只今の「生」の無根拠さが、真に問題なのでしょう。老いによって萎む生、

病によって傷つく生、死によって滅ぶ生を生きている。

一言で言えば、「本当に生き切ることができ、本当に死んでゆけるような永遠に

して真実なる命に、今出会いたい、目覚めたい」という要求ではないでしょうか。

人間として生まれて良かった、生きてきて良かった。

空過(空しく)流転(六道:天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)を超えて、実りある人生。

仏の教えとは、教え・・・・・せしめる。変化、使役であり、人格成熟を目指す。

そのためには報恩行(役割・使命・仕事)の勧め。  

以上、少し飛躍した説明となったが、講義内容の一部である。

講師は受講者の中に、受け答えなどから仏教の教えを理解していると思える人

に1〜2質問、すると意外な答えが返ってくると言う。真に理解していないのだ。

仏法、問答など、これまで多くの時間を仏教に費やしていない小生、仏教のホン

の一端を知る知識レベル。仏教の尊い教えを噛みしめたいものである。

仏教を始め、学びたいと言うことは己がまだ知らないことを知ろうという欲求。

我が住位置、学ぶ環境には恵まれており、利用しない手はない。

大いに学んで生き切りたいもの。もう一つの講座、残念ながら定員未達で中止。

講義終了時、講師が書いた小冊子を買い、そして大学本館の廊下には宗教部

が催した講話・講演の内容を冊子にした本が置いてありますという紹介があり、

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        京都 西本願寺(2017.1.11)              鍋焼きうどん(学食)

戴いてきた。こうして学食で熱く美味しい食事を戴き、帰りの途へ。

帰宅バス途中の大学バス停で下車し、我が家までウォーキング。下車した大学

バス停の看板に目が留まる。経済学部3教授の退職記念講演会とある。

そこには学んだ教授の名前があるではないか、時間が進んでいる、と実感。

今日1日、12700歩、7.6km、1時間45分ウォーキング。
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2016年12月21日

四苦を超える5

今朝は濃霧が発生し、JR琵琶湖線の電車の発着が乱れている。乱れるも次々に

到着する電車に乗り込む。1山、トンネルを超えた山科に霧はなく快晴。霧の影響

はない。 この講座、補講を含めて今回で6回目、越年の次回で満了となる。

前回くらいから内容に大きな変化は無く、講座内容の主体が観えてきた。

生・老・病・死の四苦、受講者が60歳代以降であるから、老・病・死が主である。

この3苦を如何にして超えるか。 以下はその講義内容の一部である。

理性、知性による分別が邪魔をしている。損/得、勝/負、善/悪の判断が邪魔

をしている。 Humanismの人間中心主義の煩悩により汚染されている。

足るを知りなさい。 この俗世界から仏の世界へ、信心しなさいと言うもの。

さすれば苦は超えることが出来ますよ、と言うもの。

老・病・死を受容するには仏の智慧を戴く、仏智を戴く、信心する。

仏の教えとは、 教えて・・・・・せしめる ⇒ 変化させる ⇒ 成熟する

初期段階は知識のレベル、人格まで変わると成熟レベル、本当に知る、は、

それになりきること。 お念仏の南無阿弥陀仏、南無は仏、菩薩に対する冠詞。

阿弥陀仏は、仏さんの名前の阿弥陀仏如来(仏)の意。

小生も含め、信心といっても多くが知識レベルの範である。

今現在の私は卵の中の孵化前の私である。熱(仏の教え)で以て小さな卵の

殻を出て、ひよこ(悟り、信心)となって大きな世界(仏界)に生きよと。

私という人間、周りの多くのご縁によって生かされている。

役割、使命、仕事を与えられ生かされている。人間として生まれて良かった。

生きてきて良かったという人生は、その人なりの輝きが出ている。

同講座名は「四苦を超える物語」 毎回配られるレジュメには多くの人生物語が。

以下は青木新門さんの日記(2016.12.6)より拝借、一部編集(レジュメ)。
『現代人のほとんどの人は〈生死(ショウジ)〉という言葉の概念をイメージできなく
なっているのではないかと、ふと思った。〈生死〉という概念は西洋にはない。
西洋では生か死であって生と死が一つになった〈生死〉などという用語はない。
仏教は〈生死〉という概念を基に成り立っているのに、近代ヨーロッパ思想に
洗脳された現代の日本人は<生死〉という概念のイメージが描けなくなっている
のではないだろうか。それでは仏教は理解できない。   例えば、
水(H20)は水素原子2個と酸素原子1個からなる化合物である。水が、水素と
IMG_1274[1].JPG酸素と全く異なる性質を持っているよう
に、化合物の性質は含まれている元素
の単位と全く別のものなのである。
混合物ではない。この水と水素と酸素
を、生死の生と死に置き換えた時、
生死は生と死の化合した状態のもので
あって、生死は死でもなければ生でも
ない全く別の状態のものであるといえる。
人間は言葉を持った為に生と死を分け
て思考したりするようになったが、言葉
を有しない植物や動物は死という言葉も持ち合わせていないから死に対する
恐怖も持ち合わせていない。常に生死を生きている。常に生死を生きている
ものは美しい。言葉を知らないよちよち歩きの幼児や子猫や子犬が可愛いの
も自然(じねん)のままの生死を生きているからである。
生と死を分けて苦悩している人にとっては、生死を生きているものを見るだけ
で癒やされるのである。もうそろそろ我々は、生と死を考えるとか、死について
語るとか、そうした分別の思考は止めなければならない。考えても答えがえら
れないのだから‥‥生死の真実を知って初めて、生も死も、その真実を知る
ことができるのである。』

故に、死にたくない、長生きしたいと思うは、生と死の有限の分別の考え。

出遇うべきものは、死なない命「無量寿」の仏の世界。

12時過ぎに講義を終え、天気も良く、時間調整を兼ねて、キャンパス周りを

ぶらり歩く。直ぐ隣の大学の大宮図書館、これも歴史を感じる造りである。

歩いて行くと西本願寺の宗務所前に出た。大きくて広大な境内。多くの外国人

が来ている。宗務所から入り、境内を通って空いた頃の大学学食へ向かう。

こうして14時前の電車に乗り帰途につく。山科駅から大津方面の山裾を観る

と霧が漂い降りてきている。次のトンネルを過ぎるとまたも滋賀は濃霧景色。

帰りの駅からのバス、早目に下車してウォーキング。

今日一日、12500歩、7.5kmウォーキング。
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2016年12月14日

四苦を超える4

本来は水曜日のテニス練習日であるが講座と重なっている。故に運動できない。

だから、補おうとバスに乗る区間を短くするために歩いた。バス停の時刻と睨め

っこしながら次のバス停まではまだ行けると歩いた。

開講時刻が間に合わない恐れがあったから、京都駅からも速足で歩いた。

この四苦を超えるという講座、信心し、仏の智慧を借り、考え方を改めれば苦を

超えられますよ、と言う仏法の教え。そうすれば苦はなくなり幸せに極楽往生

できますよという。 旅立ちへの心の準備でもあり、今を生きる心得でもある。

他力本願の浄土門と自力本願の聖道門がある。信心し、南無阿弥陀仏を念仏

するのが他力本願。その尊い教えを聞いても直ぐに行動に移せる、できるほど

に簡単なものでは無い。 

小生はまだその心構えの一部を心の隅に留めておくレベルである。

今日の講座内容、一概に説明するには難しいから、レジュメの一部内容を紹介。

資料:森津純子「幸せに死ぬ方法」2005年12月
『ホスピスというところは、原則的に、抗がん剤、放射線、手術などの強い治療は
行わず、体の辛い部分のみを治療し、残された時間をその人らしく生きることが
できるようにサポートする病院である。そのため、治療計画を立てる上で、何より
も本人の気持ちが最優先される。至れり尽くせりの患者本位の病院だ。
こうした病院であれば、すべての人が「幸せな死」を迎えることが出来るのでは
ないか・・・と私は考えたのだ。
確かにホスピスでは、多くの患者がその人自身の心と体を大切にされ、それに
よってストレスが最小限に軽減され、穏やかな心でなくなっていかれた。ところが、
どんなに心を尽くして看病しても、どうしても幸せに死ねない人々が出てきたのだ。
そのうち、こうした「幸せに死ねない人々」には、共通の問題点があることに気が
ついた。幸せに死ねない人たちは、『不満や不幸を見つけることがとても上手』
なのである。彼らは、どんなに素晴らしい環境、状況が周りに用意されても、必ず
不満や心配や不幸の種を見つけ出しては、そればかりに心を集中してしまう。
周りの人たちがどんなに、そうした問題の種を取り除いたり、気持ちをそらそうと
手助けしたりしても、問題にしがみつくのだ。つまり本人自身が、心の中の不幸
を手放そうとしないのである。そのために、心の中に幸せが入り込む隙間がなか
ったのだ。こうした人々とは逆に、どんなときでも、常に幸せでいられる人がいた。
彼らは、どんな絶望的な状況の中にあっても、その中にほんのわずかに、きらり
と光っている希望の種を探し出すことができた。こうした人は、たとえ、重い病気
にかかって、死の間際にあっても、病気や死の中に眠っている希望の種を見つ
け出し、幸せに死んでいった。つまり、「幸せに死ぬための究極の方法」は、
どんな逆境や絶望の淵にあっても、心の中に幸せや穏やかな心を保っていられ
るだけの力を身につけること・・・だったのである。私は何千人もの人生、そして、
死と向き合う中で、こう教わったような気がする。…略…。』
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同講座の講師は大学教授でもあり、医師でもある。

人間の身体は100%の全力で生きているのではない。本来は30%の力でも

生きられる。60〜70%は余力である。 人間ドックの検査結果、全く問題が

無い割合は6%である。残り94%は何らかの異常が見付かっている。

検査で肝機能検査のGOT、GPT値が基準値を少し外れてもそれを気に病み

心配する。大きく外れておれば問題であるが、問題にする程でもない。

しかし、結果が完璧、100%を求められる。何でも60〜80%で合格である。

自ら小さな心配、苦を作っている。

今日一日、12200歩、7.3kmウォーキング。
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2016年11月30日

四苦を超える3

昨夕のニュースで酔っ払い、目の不自由な人がホームから転落する事故が発生

しており、その防止対策としてホームドアがある。しかし、費用の面で全駅設置に

は限界がある。酔っ払いはホームにある待合ベンチから立ち上がると前進して

転落しているという。だからこのベンチの配置を90度回して、向きを列車の進行

方向にするという。今日、講座に向かう途中、1駅目を通過した処でニュース内容

を想い出し、ベンチを観察した。京都駅までの間の全ての駅のホームベンチの

向きが既に変わっている。ホーム上には動かした痕跡があり、つい最近工事を

したのであろう。その素早い安全対応に驚く。一部の酔っ払いの仕業である。

そんな観察をしながら電車に乗り、歩き、キャンパスに到着。 今日は補講授業、

開講時刻が13:15と1限遅い、先ず、美味しい学食で食事をし、授業に臨む。

その講義内容の一部である。その内容の一部は毎回繰り返し出てくる。

◇都市社会と田舎社会(比喩)

我々は都市社会に生きている。目的があり、人間の思いが実現できる便利で快適

な社会に生きている。 それは、

死・・・・・存在しないが如く
老人・・・老いの意味を噛みしめることなく、若さを強調(高齢者の健康指導)
病人・・・病に学ぶことなく病気からの脱出、健康への復帰を・・・良くなると励まされ。

部品化、物(もの)化、管理・責任社会で生きている。How toの仕組みの中に生きて

いる。物の表面的な価値を計算する見方(理性、知性)、計算的思考で生きている。

思い通りにしたい。管理し、支配する。

例えば、小生の今日のこれまでの行動を観ても、13時からの講座、XX時に家を

出て、XX時には京都駅に着き、XX時から学食で昼食を摂り、少し休んで開講30

分前に教室に入る、と頭の中で計算し、管理し、行動している。

我々は今、老、病、死はマイナス(思考)と捉え、そのことによって不幸が完成する。

善/悪、損/得、勝/負で判断、分別している。煩悩が邪魔をしているから。

老・病・死という人間の有限性に直面することから眼をそらし、避けることの出来な

い経験から学ぶことを忘れてしまっている。近代社会は苦痛を避け、死を隠蔽して、

そこから学ぶことを拒否してしまい、その結果「生」の意義も見失った。

管理責任の一例で、病院で高齢の患者が亡くなった。食べ物を戻し、誤嚥で亡くな

った。これを病院の落ち度と訴え、管理責任を問う。

田舎社会(比喩)では、農作業をしていたら、突然雨が降ってきた。急遽、農作業を

取りやめ、代わりの作業に取りかかる。自然の変化に抗う事は出来ない。その自然

の変化の一瞬一瞬を判断し、行動し生きている。人生とは取り返しのつかない決断

の行動である。Whyの全体的(根源的)思考で、物(自然)の言う声を聞き、管理、

支配はしない。物の背後に宿されている意味を感得する見方、この現実は私に何

を教えようとしているか。人間として自然を受容する文化 、が必要である。

講義を聴き、今まで長く生きてきた競争社会、その科学的・合理的思考から脱却

しなさいと言うもの。理性・知性の分別から。現役の若者にはこのような思考で現実

の社会を生きる事は不可能。出来るとすればそれはお寺、仏門に入る、出家する

しかない。しかし、老・病・死が身近になった、現役をとっくに引退した高齢者に勧め

る考え、仏の教えである。その思考により、苦が苦ではなくなりますよ、と言う教え。

我々は60兆個の細胞を持っている。毎日、その1/200が壊れ、1/200が再

合成されて生きている(オートファジー!?)。体内細胞は日々死に、日々生まれ

ているのである。生まれると言うことは、同時に死を背負って生まれるという事。

朝/生、夜/死、一日完結、生死一如(生きると事と死ぬ事は表裏一体)生かされ

ているのである。当たり前を正し、足を知り、自ら作り出している苦を超えなさいと。

小生は、仏門の門を講義で叩き、足を一歩踏み入れた初歩レベル、永年の思考を

転換することは現実に生きている社会では難しい。しかし、その考え方、教え、説こ

うとしていることは概ね理解出来るが、実践は難しい。が、しかし、少なからぬ影響

を受ける。 今後、病・死に直面するとより影響を受けるだろう。この講義を聴いて

いると我が耳はとても痛い。先ず始めは、両手を合せて南無阿弥陀仏の合掌で

あるようだ。仏の智慧を求めて。

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2016年11月16日

四苦を超える2

四苦を超える物語の3回目の講義。2回目講義が台風襲来で途中で終わり、休講扱い

となった。故に今日が2回目の講義である。再来週は休講の補講日に設定された。

講義の内容を一概に説明することは難しい。そのレジュメの極一説。

「分断生死」・・・凡夫の迷いの生死、良い、短いで測られる身命、分かれて次々と起こって

くる生・老・病・死。問題が解決したら、また次の問題が起こってくる。

次々に起きる問題に悩まされて「やれやれ」と言うことがない。身体とその寿命とに分段

(限界)がある生死、我々凡夫が被る生死のあり方である。生と死を実体視し、分段(分断)

している立場。従って死は生を断ち切るものであり、生はいつも死に脅え、死の不安を持

った生である。 これに対し、変易(へんにゃく)生死がある。

これは仏の悲願力によって身命を改転(仏教用語)し、定まった際限の無い生死を

「不思議変易生死」という。変易とは姿形の区別や寿命の長短でなく、普遍の意味である。

仏教では、人間にとって不如意且つ、不可避な生死の苦からの解放を、分断生死を離れ

て、不思議変易生死の自覚という生死観への転換によって果たす。

通俗世界からの解脱を説くのであるが、なかなかそのような境地に考えを改めることは

容易ではない と、講義を聴きながら今も科学的合理的主義の世界に浸るのである。

知人に、小生に勝る仏教学を学んでいるという先輩がいるが、変わりはせぬものだ。

12時過ぎに講義を終え、ほぼ満席の学生食堂で昼食を終え、キャンパスで暫し休憩。

13時に正門前で老婆(ラオポ)と待ち合わせとなっている。座っている小生の後ろから肩を

叩く、珍しく時間を守った。守らなければ今回、小生は遁走する予定であったが、相手は

そのリスクを察知して時間厳守である、珍しく。今回、13時半の要望を敢えて13時とした。

いつも遅れるリスクを小生は30分見込んだのである。小生の京都での講義日程を調べ、

好まぬが小生の行動に随伴する。午後から向かう目的地は西国33ヶ所の18番、19番

札所。西本願寺隣のキャンパスから歩いて先ず向かう先は18番札所の六角堂頂法寺。

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地下鉄烏丸御池から3分とある。老婆(ラオポ)は京都の地図は詳しい。ウォーキング、

歩いて向かうことにする。ほどなく東本願寺に辿り着き、初めてその門前通りを歩く。

仏具屋さんが多い。烏丸通りを歩き地下鉄烏丸御池駅を目指す。六角堂の看板が見える。

本堂が六角形をした小さなお寺である。手水場で手を洗い、ロウソクを灯し、線香を供え、

お札を奉納、賽銭をあげ、鰐口を鳴らし、合掌。数珠、経本を片手にお経を唱える。暫し、

観音様の顔を覗くも堂内薄暗くなかなか認識できない、その後、納経帳に御朱印を戴く。

聖徳太子沐浴を伝える池には白鳥が3羽泳いでいる。その畔には、これ六角堂のビル、

と思える大きなビルが建っている。華道池坊のビル、発祥の地に建つ。

次の19番札所に向かう。目標とする丸太町駅に向かう。更に上がらなければならない。

広い御所が見えてきた。寺の看板は捜せど見付からない。スマホを片手に札所である

革堂行願寺を目指す。便利な案内役だ。御所の近くで、小さなお寺。33ヶ所で唯一の

尼寺。こうして無事に2ヶ所の札所を巡った。寺巡りは心が落ち着き小生は好きだ。

歴史がある古き建物、多くの緑に囲まれ、山に囲まれ自然豊かな地にある。

今回の2寺はコンクリート建物の谷間にあった。今回で18の札所を巡った。約半分。

参拝を終え、寺町通りを下る。 途中、本能寺に立ち寄り、四条通りに出る。

高島屋をぶらりと観て回り、四条河原町からバスでJR京都駅に戻る。

老婆(ラオポ)が美味しいソフトクリームを奢るという。駅2階の小さな店だが、女性客で

いっぱい。席を確保。美味しく食べていると隣席の女性が1人から4人になった。

表情の勢いが、顔付きが違う、中国人だ。小生、中国語の勉強には格好のお相手と、

話す機会を覗う。しかし、どうも割り込めない。歳は40歳前後、真剣な形相で、キツイ目付

きで話に夢中だ。何か企んでいる?キツイ女性、今回は敬遠しました[E:confident]

駅前地下の食堂街で食事をし、帰途につきました。今日1日、歩いた距離は18000歩余、

約10km。5日前のゴルフの脚痛もあって疲れました。

それにしても老婆(ラオポ)、脊椎側湾症だが、よく歩いたものだ。

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