2017年06月12日

静かなる有事

先ず余談。金魚をようやく入手した、ゴルフ帰りに見付けた。この1ヶ月

間、名古屋を含めて、4店目で販売可能の金魚を入手した。白点病が蔓延

しているらしい。全ての金魚ではないが、小生の求めた金魚すくいクラス

の低級金魚に蔓延。金魚を眺めて少しでも涼しげに今夏を過ごそうと。

メダカはボウフラ対策で戸外プールに引っ越し。金魚、とても仲良く2匹

が元気に泳いでいる。金魚を売っているエリアはペットエリア。

IMG_1502[1].JPG人気の犬や猫も販売されている。

生まれたての子犬は可愛いものでパンダ

同様、つい見惚れる。小生も飼いたいが、

しかし飼えない。犬にはトイプードル、

チワワなどと種の名称が書いてあるが、

この子犬には、ハーフと書いてある。初めて知ったが、どうも人工交配で

造られたようだ。人間の身勝手。

さて、本題へ。先日の新聞記事から。「静かなる有事」とある。日本の人口

問題。これから人口激減局面に入るという。昨年の年間出生数が初めて

100万人の大台を割ったという。小生の生まれた団塊世代の年間出生数は

270万人。どんなに防衛力を強化しようと、国民が生まれなくなったの

では国家は存続しない、「静かなる有事」と言うそうだ。

減り方が問題で急減の様相と言う。1人の女性が一生の間に生む子供の数の

平均値が合計特殊出生率、2.07だと親世代と同じ数の子どもが産まれて

人口はずっと維持。今は1.45まで落ちている。この少子化とは、国家を

根底から揺るがす国難であり、差し迫った有事であるという、大問題だ。

少子化の要因の1つに経済的な理由がある。家計簿診断というある一家庭の

家計相談の記事が瓦版に載っていた。夫35歳、子供10、12歳の2人。

1ヶ月の収入244千円(保険・税天引き済み)、ボーナス無し。妻パート

月12万円。会社員の夫の手取り年収が約300万円。住宅ローンを抱え、

子供2人を育てるには夫の給料では大変だ。これはある一例の家庭の家計。

労働市場では非正規労働者の増加などで収入格差が広がっている。

必ずしも収入増=子供増になるとは限らないが、しかし収入増=+1人子供

の機会は多い。最近は共働き夫婦が多く、育児保育の社会環境整備も重要、

今の待機児童状況では意欲は削がれる。

小生の人生、生・老・病・死の過程の老から病への過渡期。老から死かも知

れぬが。我ら団塊世代から始まる老人の社会問題、過酷な人生となりそうだ。

お袋が存命中、小生は言っていたが、お袋の最期は安心だと。しかし、

小生の最期は最悪になるだろうと。大量の団塊老人、支える側の若手人口の

ミスマッチによって。以前にも書いたが、小生のような1人者、寝たきり、

徘徊老人となれば先ず十分な介護を期待することは無理だろうと思うもの。

老人の介護で多くの時間を要するのは食事ならぬ排泄処理。この作業、介護

ロボットで自動化できるだろうか、異臭を放ち厄介だ。尊い仕事だが、介護

者は敬遠、離職する。介護の人手が足りず、放置される介護施設も出てくる

だろうと予想する人もいる。ブラック介護施設が。

神に手を合わせ頼んでおこう、ポックリと逝きますようにと。ある朝、水面

に浮かんだ金魚のように。そして専門家は予測する。毎日のニュースで今日

の孤独死xx名と報ずるだろうと。少子化対策改善の一環でもある教育の

無償化は格差固定を改善するものでもあり、大枠賛成である、後輩の為にも。
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2017年03月25日

都知事と理事長

我がブログのプロフィールに興味のある項目がある。その一つに政治・経済が

ある。政治に素人の小生、ジャーナリストでも無ければ、評論家でも無く、

一庶民。この頃の、最近の政治についてあるがままに・・・ツィート。先ず、

先日、国会内にお入りになった籠池さん。珍しい名前。小生も先日、その国会

(議事堂)前をうろついた、入れないから。この国会とは国の議会、国権

(国家の権力)の最高機関。籠池さんは自ら起こした国有地の不可解な払い下

げで、政治家、国家公務員との不可解な接触、言動で疑惑を持たれ野党が国会

に招き、議場内に入った。彼を追求すれば何か出てくる、と野党が期待して。

一私立学校理事という肩書きで小学校設立問題で政治家に、国・地方の機関に

働きかける。政治家に頼むのが手っ取り早いと考えたのであろう。なんと首相

夫人にまでも触手を伸ばす大胆不敵。未だ色々あるだろうが、彼の行動は尋常

とは思えない。彼の行動は一地方の行政のみならず、国政をも攪乱し、国会に

乱入しているという印象。今、国政は比較にならぬ遙かに重要な問題が山積

しているというのに時間の空費だ。小生の眼には彼は国家犯罪者に見えてくる。

大阪の次は、東の京。華々しく関西出身の女性都知事が誕生した。小池百合子

知事。多くの票を獲得し当選、都民の期待を集める。ブラジルまで出掛けオリン

ピック旗を受け取った。そして早速、土壌汚染の豊洲移転の責任問題を厳しく

追求している。都議会の自民党のドン、癌と観た実力者も追い出した。都民フ

ァーストを掲げ、会見に表われる度に変わる衣装、ファッションに注目も集まる。

そして3代前の石原慎太郎前知事を豊洲移転責任問題で百条委員会に出頭要請、

喚問する。しかし、犯人捜しをしてどうするのだろうと。どうも小池知事が高齢

の石原氏を吊し上げている構図に観える。石原氏が言うように、先ず、宙に浮く

豊洲移転問題の早期解決を図ること、この難題を早く処理することが、都民ファ

ーストと思うのだが。市場関係者等は右往左往で困惑しているのだ。時間との

勝負、決着だ。責任追及をやるのであれば、解決後にすればいいのだ。

彼女はどうも女性に似合わず強引だ。一時、将来の初の女性首相候補と目され

たこともあるが、その影響か、小生の眼にはどうも自信家のように映る。

新党も計画しているようで軋轢も生んでいる。 処で、

首長選挙に出て勝つためには公約アピール、訴求が大事だ、民衆に訴える。

今こう言う大問題があるからと問題点を挙げ、この問題の解決を訴え、将来

ビジョンを掲げる。また、さして大きな問題が無ければ未来を、将来を語る。

こう言う街に、環境に、福祉の街に、したい等々と将来ビジョン、夢を語り、

訴求する。どうも小池知事は前者のようだ。どうも余り前を、将来を見てい

ないように思えるもの。就任した時期が時期ゆえか、過去に起きた問題に眼

が向いている、後ろ向きとも見える。批判することは誰でも言えるもの。

誰もが考えつかない対案、思い付かない政策、案を考え、行動し、実績を

積むことが大事と思うのであるが。良く都民ファーストと言う言葉を聞くが、

政治家であれば国民ファースト、市民ファーストは言わずもがな。

都民ファーストと言うからには今後の小池政治の施策と実行力に注目しよう。

差し当たっては、豊洲移転問題をどう解決するか、が試金石である。

素人が、当たり外れの批評をして申し訳無い。政治に関心を持たなければと。

その国の政治レベルは国民レベルと言いますから・・・。
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2016年12月07日

ポリ・コレ・ネス

小生が購読する新聞に、週1回、作家、曾野綾子氏の社会問題の記事が載る。

内外の社会問題に鋭い視点、異なった視点で観るから興味深く毎回読んでいる。

その視点が、問題提起が的を得ているといつも思うもの。

辛辣で、歯に衣着せぬその内容は示唆に富む。先日も興味深い記事が載った。

その内容を以下にそのまま掲載した。小生も内心、それに類したことを薄々

感じていたから、上手く表現するなぁ  と、関心を持ったもの。

彼女は今85歳、スーパー老人である。頭脳は若く、思考が柔軟だ。

                    2016.12.7付 朝刊掲載
「おきれいごと」に愛想つかした民衆    
 欧米の反「PC」潮流                                  作家:曾野綾子

『マスコミが、トランプ氏の当選以来、ヨーロッパでも極右政党が力を
伸ばしつつある、と書いている。しかし現実には、オーストリアの
大統領選で極右は勝てなかった。もし極右が台頭しそうなら、近年
の日本とヨーロッパのマスコミがふりかざした理念のせいだ、と私は
感じている。その理念を「ポリティカル・コレクトネス=政治的妥当性
 (PC)」というのだと私は教えられた。(Political Correctness)
 本来政治的にどのような姿勢が妥当だか、決めることはできない。
しかしこの場合、「妥当性」がこだわるのは、人間の内面的な倫理では
なく、「言葉、表現、行動などの政治的見地から見た正しさ」、つまり表
面的なものだ、とされている。要するに公的な場所で差別的表現を使
ったり、ヘイトースピーチをしたりしないことだという。
 ここ数年、日本のPCに対するマスコミの執着はすさまじいものだっ
た。つまりポリティカルーコレクトネスの姿勢さえ見せれば、自分も自
分の社も人道的に正しい存在である。それゆえ、そうでない人の文章
無題.jpgは没にするか、書き手の態度
をどこかでやっつければいい、
というまさに表現の暴力で
あった。私は体験から実例を
挙げて説明することもできる。
人間は皆、葛藤に苦しむ。
難民を受け入れたいと思って
も、彼らの小屋を作る土地が
なかったり、彼らの子供たちを
教育するために、自分が長い
年月払い続けてきた年金の幾分かを使われたり、彼らの安い労働力
で職場が失われたりすれば、無制限に難民を受け入れるのは考えよ
うということになる。しかしそれでもなお、誰の心の中にも、飢えている
子供の手には、パンを握らせたいという思いは残っているものだ。
 しかし大方のマスコミは、おきれいごとを述べ続けた。そんなことを
言ってもいない人までアンチPCだとやり玉に挙げて、その人を悪者に
することで、自分は人道主義者だという証拠を見せつけるという、もっ
とも汚い手口さえ使った。 近年の世界のマスコミは、人間は
理想通りに考え行動すべきで、それ以外の要素は、語ることも恥ずか
しいと考えているらしい。
 しかし一般民衆の方はもっと正直だった。一人の人間の中に、悪魔と
天使の要素が同居しているのをちゃんと見抜いていて、その悪にも言及
したトランプ氏に部分的な同感を示した。というより、選挙中にもおき
れいごとを言い続けたクリントン氏とマスコミにうんざりしたのだ。
 改めて言う。トランプ氏を当選させたのも、ヨーロッパに極右勢力を
台頭させそうな空気を作ったのも、共にマスコミの幼児的なPC一辺倒
の姿勢の「功績」である。 私は再びユダヤ人狩りが行われるなどとは
全く思わない。なぜなら、それは生理的に不愉快な行動だからだ。
人間はそれほどおろかではないだろう。しかし差し当たり、PCに
易々として傾くマスコミの姿勢と闘うことは必要だ、と私は体験からも
思っている。』

時に筆の暴力とも言われるが、マスコミは圧倒的なパワーを持っている。

道具を持っている。放送局や大新聞、出版界は世論を誘導することも可能だ。

当選した米国のトランプ大統領は過激な発言で評判は悪い。しかし、国民は

彼を大統領に選んだ。彼は理想論に対し、人道主義に対しても容赦なく強い

言葉で反論し、批判を浴びせる。国民の一部は、よくぞ代弁してくれたと選ん

だのであろう。  今回、現実の世界にも目が向けられた。

ドイツは大戦の反省もあって人道的に多くの難民を受け入れている。しかし、

社会にはキャパシティというものがあって、無制限に受け入れるにも限界が

ある。短期間に多くの移民受け入れは社会にストレスを与え、摩擦を生み出す。

下手をすれば国内が混乱、騒乱に。そうなれば難民処ではなくなってしまう。

錦の御旗を掲げられても、もうこれ以上はと本音が台頭してきたと思うもの。

現実の世界に理想論は限界がある。何故なら理想だから。

*今回、新聞掲載記事をスキャナーで読み取り、OCR(読取革命)で文字認識
  (認識率99%)により記事とした。印刷記事を文字化するにはとても便利だ。
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posted by tennismouse at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

東京のインフラ

博多駅前のメイン道路が陥没した。地下に穴を掘れば、空間を作れば陥没の危険は皆無

ではない。しかし、道路が陥没した両脇に建つビルは影響を受けていないようだ。

傾いてもいないようだ。建物地下深く、手抜きせずに打ち込んだ多数の基礎杭で持ちこた

えているようだ。原因は地下鉄工事の掘削の影響という。

先日、東京に行ってきたが、東京はこの比ではない。地下深く、何層にも地下鉄が走り、

地上には多くのビルが林立、路線電車が、車が走り、高架上には高速道路、鉄道が通る。

高架を走る高速道の橋脚、高速道底面の橋桁は誰の眼で見ても老朽化による補強工事

のメンテナンス施工が見て取れる。その高架高速道の下にも車が走る。

地上は高層マンション、オフィイスビル群が林立する。そのビルにも寿命が来ている。

兎に角、東京の地下は蟻の巣で、トンネルだらけ。その主な巣穴、トンネルは地下鉄。

狭い東京、ベイエリアへと発展している。東日本大震災級の津波が来たら東京はお仕舞い。

都市機能は麻痺し、国家機能も麻痺しお仕舞い。その東京のインフラ、古くなったインフラ、

先日のWebニュースには「日本のインフラが朽ちていく[E:sign01]五輪後の悲惨な未来予想図

と載った。先日も埼玉県にある東京電力の地下施設で火災が発生し、大規模停電が発生

した。原因は設置40年を経過し、劣化した古い地下送電ケーブルであったようだ。

高度経済成長期(1955〜1973年)からバブル時代(1990年)に建てられた設備が更新

時期を迎えている。ニッポン中の。一口に更新と言っても大変だ。橋を付け替えるといって

もその幹線道が通行止めとなる。高速道も造り直す、更新と言うも、考えるだけでも大変だ。

これらの社会のインフラ設備が一斉に寿命を迎えようとしている。暫くはだましだまし使え

ても必ず寿命は訪れ、建て替えなくてはならない。上下水道も、地下の電力、通信ケーブ

ルもガス配管も全てに寿命がある。これらのインフラ設備をメンテナンスで維持していく

ことも大変だが、更新となると更に大変だ。大都市東京はこれらのインフラ設備が狭い

範囲に密集している。トラブル、歯車の動きが少し狂うととても脆弱な都市である。

新幹線も開通後、今年で52年。随時補修工事は行われているが、10年経たずに還暦

を迎える。更に追い打ちをかけるのが、日本の高齢化と人口減少とある。

シュミレーションでは経済ベースのインフラは、東京五輪までがピークという。

東京は今後、高齢化と人口減少により、インフラ利用者が減り、都内に張り巡らされた

鉄道や道路の多くが無用の長物に成り下がりかねないという。

五輪決定により、前倒しで進められているインフラ整備、五輪後のポスト20年は、「国破

れて山河あり」となりかねないという。国家が活力を、勢いを失い、経済成長がマイナス

となり、国家予算に制約が掛かると東京という大都市はインフラの劣化から、その高効

率な都市機能は徐々に削がれていくようだ。何事も予算がない、お金が無いとなると世の

中、負のスパイラルに落ち込んでいく。電車は事故無く、定刻運用が当たり前、しかし、

日夜、目に見えないところで整備工事が行われている。このメンテナンスを怠ると脱線

事故が多発する。その例は、一時期、英国の鉄道で、JR北海道で脱線が多発した。

先日、全国の小学校のトイレの調査があった。不評の和式から洋式のトイレに取り替え

ていくというも、予算の関係でトイレの更新が捗らないようだ。校舎の耐震化、更新整備

等、他にも多くの費用が必要なようだ。この小学校のトイレではないが、東京の劣化して

いくインフラの更新、整備は莫大な費用と時間と、不便が必要である。

古いものを撤去して新たに造り直す更新より、一から新たに造った方がコスト的には安い

もの。時代に合った、人口に合った首都、新たに造るという意味で遷都が現実的なようだ。

難しい判断だが、同じお金を使うなら。今の東京の30年先の予想とある。

今年は既に東京へ3度行った。多くがいるから、皆で住めば怖くないではないが、どうも

脆弱な都市と感じてしまう。だから、この考えに小生は同感するもの。

その時には、小生はとっくに過去の人であるのだが・・・。

posted by tennismouse at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

マジョリティの危険

ピンポーンと鳴った。モニター越しに会話する。倫理雑誌を配布しているおばさん、時折

訪れる。雑誌を投函しても良いですか、という。あぁ、無駄と思いますが、と返事。しかし、

投函してしまった。なので読んでみた。冒頭の記事、大学教授が寄稿している「時代を読む」

が、気になった。同調圧力を超えて(下) 「マジョリティが自由な社会を破壊する」。 

原稿用紙9枚程度の文章である。 今回のブログはその内容の要約紹介である。

『日本では飲酒運転の痛ましい事故をきっかけにその罰則が徐々に厳しくなり、社会の

風当たりも強い。強盗や殺人に匹敵するような犯罪では無いが、公立学校の先生が飲酒

運転で捕まると懲戒免職になることさえある。やり過ぎではないかと思うのだが、私のよう

に厳罰反対派や厳罰懐疑派はマイノリティ(少数派)なので、そんなことを言うとマジョリ

ティ(多数派)から叩かれる。このマイノリティに対するバッシングや、マジョリティに合せる

ように働く見えない力のことを「同調圧力」という。最近では地方議員の失言や芸能人の

不倫といった、犯罪でないばかりか私たちの生活にまったく関わりのないことでも、ひとたび

世間の怒りに火が付くと、まるで燎原の火の如く広がり、当事者への激しいバッシングが

起きる。もしあなたがマジョリティならば、権力者やマイノリティへのバッシングに痛痒を

感じないかも知れない。しかし、マジョリティがいつまでもマジョリティでいられるとは限ら

ないのだ。嫌煙運動の広がりで喫煙は減り、飲酒運転防止から酒を止め、同調圧力

従って生きた方が良い、マジョリティとして生きるのが楽だ、という人間が増えると、やがて

マジョリティの意見には全く逆らえない社会になる可能性がある。

それは国家として非常に危険な状態なのである。

ドイツナチスは選挙によって「民主的に」第一党になり、その後、強引な政治手法によって

民主主義を破壊した。現在の中国も建前は民主主義国家。北朝鮮も正式名称は「朝鮮

民主主義人民共和国」。しかし、独裁政治。全く不可思議であるが、反対すると命が危な

いから反対できない。中国や北朝鮮というと、我々の社会とは対極にあると思われている。

しかし、70年ほど前の戦争の時、日本には普通選挙も表現の自由もなかった。国家は

特高警察や憲兵が国民の思想や行動を監視、国民は隣組という住民組織によって反戦

思想の人物の有無を相互に監視をしていた。北朝鮮、中国のような監視社会であった。

本当に戦争を推進するのは、軍部でもなければ右翼の政治家でもない。それは「市井の

人々」、つまりマジョリティである。ひとたび「正義の戦争」という言説が多数の支持を受け

世論が形成されると、これに異を唱えるのは相当な勇気がいる。

皆に同調し、反対する人を罵倒する方が楽である。こうして日本人の殆どが戦争に協力、

反戦の立場の人を「非国民」と罵ったのだ。マジョリティが政治家を動かせば、独裁国家を

作ることなどたやすい。それを止めるのが憲法であり、簡単に改正できないようになって

いる。政府は憲法9条のの解釈を変更して「集団的自衛権」を認める閣議決定をした。

反撃をできるようになった。「報復はやめるべきだ」と言っても「隊員の死を無駄にするな」

と言う声の方が大きければ、日本は再び戦争へと突入するだろう。

マイノリティの存在を認め、彼らの意見を尊重することである。「多様性を認めるために相手

を理解しよう」というスローガンが、さも良心的な考えのように流布されているが、これは

「理解出来なければ差別してもかまはない」と言う考えと紙一重で危険である。

全ての人を尊重すると言う観点から、最も根源的な思想はリバタリアニズムであろう。

人は誰でも、アホなことをする権利、他人を愛する権利、他人を馬鹿にする権利などを持つ

が、他人に愛される権利や他人に褒めてもらう権利、他人に理解してもらう権利など無い、

ということ。つまりは、酒を飲むのも、タバコを吸うのも同性を好きになるのも真っ赤な服を

着るのも自由だが、他者がそれを嫌う権利も同時に認めなけらばならない。人間の脳みそ

はそれぞれ異なるのだから、究極的には他者を理解することなどできない。皆がそのこと

を知れば、マイノリティだけでなく、マジョリティも今よりずっと生きやすくなるだろう。

人々の個性と多様性を尊重する社会の来ることを願う』

*倫風 6月号掲載 生物学者、理学博士  池田 清彦 教授 記

posted by tennismouse at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする