2016年12月07日

ポリ・コレ・ネス

小生が購読する新聞に、週1回、作家、曾野綾子氏の社会問題の記事が載る。

内外の社会問題に鋭い視点、異なった視点で観るから興味深く毎回読んでいる。

その視点が、問題提起が的を得ているといつも思うもの。

辛辣で、歯に衣着せぬその内容は示唆に富む。先日も興味深い記事が載った。

その内容を以下にそのまま掲載した。小生も内心、それに類したことを薄々

感じていたから、上手く表現するなぁ  と、関心を持ったもの。

彼女は今85歳、スーパー老人である。頭脳は若く、思考が柔軟だ。

                    2016.12.7付 朝刊掲載
「おきれいごと」に愛想つかした民衆    
 欧米の反「PC」潮流                                  作家:曾野綾子

『マスコミが、トランプ氏の当選以来、ヨーロッパでも極右政党が力を
伸ばしつつある、と書いている。しかし現実には、オーストリアの
大統領選で極右は勝てなかった。もし極右が台頭しそうなら、近年
の日本とヨーロッパのマスコミがふりかざした理念のせいだ、と私は
感じている。その理念を「ポリティカル・コレクトネス=政治的妥当性
 (PC)」というのだと私は教えられた。(Political Correctness)
 本来政治的にどのような姿勢が妥当だか、決めることはできない。
しかしこの場合、「妥当性」がこだわるのは、人間の内面的な倫理では
なく、「言葉、表現、行動などの政治的見地から見た正しさ」、つまり表
面的なものだ、とされている。要するに公的な場所で差別的表現を使
ったり、ヘイトースピーチをしたりしないことだという。
 ここ数年、日本のPCに対するマスコミの執着はすさまじいものだっ
た。つまりポリティカルーコレクトネスの姿勢さえ見せれば、自分も自
分の社も人道的に正しい存在である。それゆえ、そうでない人の文章
無題.jpgは没にするか、書き手の態度
をどこかでやっつければいい、
というまさに表現の暴力で
あった。私は体験から実例を
挙げて説明することもできる。
人間は皆、葛藤に苦しむ。
難民を受け入れたいと思って
も、彼らの小屋を作る土地が
なかったり、彼らの子供たちを
教育するために、自分が長い
年月払い続けてきた年金の幾分かを使われたり、彼らの安い労働力
で職場が失われたりすれば、無制限に難民を受け入れるのは考えよ
うということになる。しかしそれでもなお、誰の心の中にも、飢えている
子供の手には、パンを握らせたいという思いは残っているものだ。
 しかし大方のマスコミは、おきれいごとを述べ続けた。そんなことを
言ってもいない人までアンチPCだとやり玉に挙げて、その人を悪者に
することで、自分は人道主義者だという証拠を見せつけるという、もっ
とも汚い手口さえ使った。 近年の世界のマスコミは、人間は
理想通りに考え行動すべきで、それ以外の要素は、語ることも恥ずか
しいと考えているらしい。
 しかし一般民衆の方はもっと正直だった。一人の人間の中に、悪魔と
天使の要素が同居しているのをちゃんと見抜いていて、その悪にも言及
したトランプ氏に部分的な同感を示した。というより、選挙中にもおき
れいごとを言い続けたクリントン氏とマスコミにうんざりしたのだ。
 改めて言う。トランプ氏を当選させたのも、ヨーロッパに極右勢力を
台頭させそうな空気を作ったのも、共にマスコミの幼児的なPC一辺倒
の姿勢の「功績」である。 私は再びユダヤ人狩りが行われるなどとは
全く思わない。なぜなら、それは生理的に不愉快な行動だからだ。
人間はそれほどおろかではないだろう。しかし差し当たり、PCに
易々として傾くマスコミの姿勢と闘うことは必要だ、と私は体験からも
思っている。』

時に筆の暴力とも言われるが、マスコミは圧倒的なパワーを持っている。

道具を持っている。放送局や大新聞、出版界は世論を誘導することも可能だ。

当選した米国のトランプ大統領は過激な発言で評判は悪い。しかし、国民は

彼を大統領に選んだ。彼は理想論に対し、人道主義に対しても容赦なく強い

言葉で反論し、批判を浴びせる。国民の一部は、よくぞ代弁してくれたと選ん

だのであろう。  今回、現実の世界にも目が向けられた。

ドイツは大戦の反省もあって人道的に多くの難民を受け入れている。しかし、

社会にはキャパシティというものがあって、無制限に受け入れるにも限界が

ある。短期間に多くの移民受け入れは社会にストレスを与え、摩擦を生み出す。

下手をすれば国内が混乱、騒乱に。そうなれば難民処ではなくなってしまう。

錦の御旗を掲げられても、もうこれ以上はと本音が台頭してきたと思うもの。

現実の世界に理想論は限界がある。何故なら理想だから。

*今回、新聞掲載記事をスキャナーで読み取り、OCR(読取革命)で文字認識
  (認識率99%)により記事とした。印刷記事を文字化するにはとても便利だ。
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posted by tennismouse at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

東京のインフラ

博多駅前のメイン道路が陥没した。地下に穴を掘れば、空間を作れば陥没の危険は皆無

ではない。しかし、道路が陥没した両脇に建つビルは影響を受けていないようだ。

傾いてもいないようだ。建物地下深く、手抜きせずに打ち込んだ多数の基礎杭で持ちこた

えているようだ。原因は地下鉄工事の掘削の影響という。

先日、東京に行ってきたが、東京はこの比ではない。地下深く、何層にも地下鉄が走り、

地上には多くのビルが林立、路線電車が、車が走り、高架上には高速道路、鉄道が通る。

高架を走る高速道の橋脚、高速道底面の橋桁は誰の眼で見ても老朽化による補強工事

のメンテナンス施工が見て取れる。その高架高速道の下にも車が走る。

地上は高層マンション、オフィイスビル群が林立する。そのビルにも寿命が来ている。

兎に角、東京の地下は蟻の巣で、トンネルだらけ。その主な巣穴、トンネルは地下鉄。

狭い東京、ベイエリアへと発展している。東日本大震災級の津波が来たら東京はお仕舞い。

都市機能は麻痺し、国家機能も麻痺しお仕舞い。その東京のインフラ、古くなったインフラ、

先日のWebニュースには「日本のインフラが朽ちていく[E:sign01]五輪後の悲惨な未来予想図

と載った。先日も埼玉県にある東京電力の地下施設で火災が発生し、大規模停電が発生

した。原因は設置40年を経過し、劣化した古い地下送電ケーブルであったようだ。

高度経済成長期(1955〜1973年)からバブル時代(1990年)に建てられた設備が更新

時期を迎えている。ニッポン中の。一口に更新と言っても大変だ。橋を付け替えるといって

もその幹線道が通行止めとなる。高速道も造り直す、更新と言うも、考えるだけでも大変だ。

これらの社会のインフラ設備が一斉に寿命を迎えようとしている。暫くはだましだまし使え

ても必ず寿命は訪れ、建て替えなくてはならない。上下水道も、地下の電力、通信ケーブ

ルもガス配管も全てに寿命がある。これらのインフラ設備をメンテナンスで維持していく

ことも大変だが、更新となると更に大変だ。大都市東京はこれらのインフラ設備が狭い

範囲に密集している。トラブル、歯車の動きが少し狂うととても脆弱な都市である。

新幹線も開通後、今年で52年。随時補修工事は行われているが、10年経たずに還暦

を迎える。更に追い打ちをかけるのが、日本の高齢化と人口減少とある。

シュミレーションでは経済ベースのインフラは、東京五輪までがピークという。

東京は今後、高齢化と人口減少により、インフラ利用者が減り、都内に張り巡らされた

鉄道や道路の多くが無用の長物に成り下がりかねないという。

五輪決定により、前倒しで進められているインフラ整備、五輪後のポスト20年は、「国破

れて山河あり」となりかねないという。国家が活力を、勢いを失い、経済成長がマイナス

となり、国家予算に制約が掛かると東京という大都市はインフラの劣化から、その高効

率な都市機能は徐々に削がれていくようだ。何事も予算がない、お金が無いとなると世の

中、負のスパイラルに落ち込んでいく。電車は事故無く、定刻運用が当たり前、しかし、

日夜、目に見えないところで整備工事が行われている。このメンテナンスを怠ると脱線

事故が多発する。その例は、一時期、英国の鉄道で、JR北海道で脱線が多発した。

先日、全国の小学校のトイレの調査があった。不評の和式から洋式のトイレに取り替え

ていくというも、予算の関係でトイレの更新が捗らないようだ。校舎の耐震化、更新整備

等、他にも多くの費用が必要なようだ。この小学校のトイレではないが、東京の劣化して

いくインフラの更新、整備は莫大な費用と時間と、不便が必要である。

古いものを撤去して新たに造り直す更新より、一から新たに造った方がコスト的には安い

もの。時代に合った、人口に合った首都、新たに造るという意味で遷都が現実的なようだ。

難しい判断だが、同じお金を使うなら。今の東京の30年先の予想とある。

今年は既に東京へ3度行った。多くがいるから、皆で住めば怖くないではないが、どうも

脆弱な都市と感じてしまう。だから、この考えに小生は同感するもの。

その時には、小生はとっくに過去の人であるのだが・・・。

posted by tennismouse at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

マジョリティの危険

ピンポーンと鳴った。モニター越しに会話する。倫理雑誌を配布しているおばさん、時折

訪れる。雑誌を投函しても良いですか、という。あぁ、無駄と思いますが、と返事。しかし、

投函してしまった。なので読んでみた。冒頭の記事、大学教授が寄稿している「時代を読む」

が、気になった。同調圧力を超えて(下) 「マジョリティが自由な社会を破壊する」。 

原稿用紙9枚程度の文章である。 今回のブログはその内容の要約紹介である。

『日本では飲酒運転の痛ましい事故をきっかけにその罰則が徐々に厳しくなり、社会の

風当たりも強い。強盗や殺人に匹敵するような犯罪では無いが、公立学校の先生が飲酒

運転で捕まると懲戒免職になることさえある。やり過ぎではないかと思うのだが、私のよう

に厳罰反対派や厳罰懐疑派はマイノリティ(少数派)なので、そんなことを言うとマジョリ

ティ(多数派)から叩かれる。このマイノリティに対するバッシングや、マジョリティに合せる

ように働く見えない力のことを「同調圧力」という。最近では地方議員の失言や芸能人の

不倫といった、犯罪でないばかりか私たちの生活にまったく関わりのないことでも、ひとたび

世間の怒りに火が付くと、まるで燎原の火の如く広がり、当事者への激しいバッシングが

起きる。もしあなたがマジョリティならば、権力者やマイノリティへのバッシングに痛痒を

感じないかも知れない。しかし、マジョリティがいつまでもマジョリティでいられるとは限ら

ないのだ。嫌煙運動の広がりで喫煙は減り、飲酒運転防止から酒を止め、同調圧力

従って生きた方が良い、マジョリティとして生きるのが楽だ、という人間が増えると、やがて

マジョリティの意見には全く逆らえない社会になる可能性がある。

それは国家として非常に危険な状態なのである。

ドイツナチスは選挙によって「民主的に」第一党になり、その後、強引な政治手法によって

民主主義を破壊した。現在の中国も建前は民主主義国家。北朝鮮も正式名称は「朝鮮

民主主義人民共和国」。しかし、独裁政治。全く不可思議であるが、反対すると命が危な

いから反対できない。中国や北朝鮮というと、我々の社会とは対極にあると思われている。

しかし、70年ほど前の戦争の時、日本には普通選挙も表現の自由もなかった。国家は

特高警察や憲兵が国民の思想や行動を監視、国民は隣組という住民組織によって反戦

思想の人物の有無を相互に監視をしていた。北朝鮮、中国のような監視社会であった。

本当に戦争を推進するのは、軍部でもなければ右翼の政治家でもない。それは「市井の

人々」、つまりマジョリティである。ひとたび「正義の戦争」という言説が多数の支持を受け

世論が形成されると、これに異を唱えるのは相当な勇気がいる。

皆に同調し、反対する人を罵倒する方が楽である。こうして日本人の殆どが戦争に協力、

反戦の立場の人を「非国民」と罵ったのだ。マジョリティが政治家を動かせば、独裁国家を

作ることなどたやすい。それを止めるのが憲法であり、簡単に改正できないようになって

いる。政府は憲法9条のの解釈を変更して「集団的自衛権」を認める閣議決定をした。

反撃をできるようになった。「報復はやめるべきだ」と言っても「隊員の死を無駄にするな」

と言う声の方が大きければ、日本は再び戦争へと突入するだろう。

マイノリティの存在を認め、彼らの意見を尊重することである。「多様性を認めるために相手

を理解しよう」というスローガンが、さも良心的な考えのように流布されているが、これは

「理解出来なければ差別してもかまはない」と言う考えと紙一重で危険である。

全ての人を尊重すると言う観点から、最も根源的な思想はリバタリアニズムであろう。

人は誰でも、アホなことをする権利、他人を愛する権利、他人を馬鹿にする権利などを持つ

が、他人に愛される権利や他人に褒めてもらう権利、他人に理解してもらう権利など無い、

ということ。つまりは、酒を飲むのも、タバコを吸うのも同性を好きになるのも真っ赤な服を

着るのも自由だが、他者がそれを嫌う権利も同時に認めなけらばならない。人間の脳みそ

はそれぞれ異なるのだから、究極的には他者を理解することなどできない。皆がそのこと

を知れば、マイノリティだけでなく、マジョリティも今よりずっと生きやすくなるだろう。

人々の個性と多様性を尊重する社会の来ることを願う』

*倫風 6月号掲載 生物学者、理学博士  池田 清彦 教授 記

posted by tennismouse at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

なんだぁ、これは

国会では昨日から、安全保障関連重要法案の与野党の攻防が激しい。腕力による

まるで喧嘩の様相だ。何とも情けない姿だ。民主主義の欧米先進国でもこのような力に

よる、身体を張った議事運営の攻防をしているのであろうか。観たことはないが。

時折、お隣の韓国、台湾では拝見するが。日本を真似たものであろう。悪い見本だ。

委員長を始め議員の中には高齢議員も多く、一歩間違えば怪我人が出てしまう。

Photo

1

経済は一流、政治は三流と言われて久しい日本だが、未だ同じ事を繰り返している。

進歩の気配は感じられない。このような国家の命運を左右する重要案件の審議が、議論

がまだ十分尽くされていないと言って採決を力で阻止する野党議員。双方の考えには

大きな隔たりがあり、歩み寄りはない。

多くの審議時間を費やしても依然、双方の考えにはとても大きな隔たりがある。

2

これ以上の審議時間を費やしても無駄と

考える与党。数の上では与党優位である。

この法案通過を阻止するには参議院

特別委員会の開催を阻止をするしか

ないと野党は力づくの身体を張った

抵抗行為に出ている。それがこの姿。

先生方の争いがこのような醜態姿を晒

している。物事、決める時には決めなければ前進はない。何のために議論しているのか、

お互いの考え、違いを認識し、双方が少しでも歩み寄ることを、限りなく一致点、妥協点

を求めて議論をしてきた。しかし、双方に歩み寄り、妥協点は全くない。

日本の置かれた現状をどう観るのか、世界の現状をどう観るのか。今後の世界の情勢

変化をどう観るのか、国家間のパワーバランスをどう観るのか、情勢は留まることなく

常に大きく変化し、動いている。それにどう対処するのか。現状で満足とするのか。

現行憲法を守っていたら安泰か、自ら対応を決めなければならない。

個々の生活、人生に於いても決断、決断の連続だ。決断を下さない限り物事は進展

しない。課題、問題点に眼を逸らしていると、決断、行動を躊躇していると時間と共に

問題点が顕在化してくる。手遅れだ。

余談であるが、参議院で理事会が行われている様子がテレビに何度か映し出された。

野党党首を始め、主要議員が厳しい表情で出席している様子が看て取れた。

その中に古参、かつて豪腕でならした小沢一郎先生が硬い表情、しかめっ面で映って

いた。彼は若くして自民党の幹事長を歴任、その後、新生党、新進党、自由党の党首、

民主党代表、そして民主党党首をうかがうほどの実力者、政界の大物議員であった。

当時、次期国家主席となる中国の習近平と天皇陛下を宮内庁ルールを無視して強引

に面会させた。しかし、どうも年輪と共に人との、仲間との協調が苦手で孤独のようだ。

小生も一時、彼の影響を受けたが、今は弱小政党の一議員。余りにも起伏の激しい、

波乱万丈の議員人生を送っているものだと感じるもの。錆が出たのか、身から。

それにしても国会議員の先生方のこの行動、暴動騒ぎはどうもわからんワイ[E:think]

   ここで、この安保重要法案に対する小生の考えの一端を。

まぁ、憲法学者が言うようにこれは憲法違反であるのだろう。しかしである。

憲法違反でもないのだろう。何を言ってるのだ[E:sign03] とお叱り[E:sign02]

本来、憲法を改正した後、この法案を提出すべきだろうと。しかしである。憲法改正

ともなると国会での審議、国民の審判など手続き上とてもとても長き時間を要する。

もしこの間に我が国に不足の事態が起きればどうするか。現状では自衛隊は憲法の

制約上、手足を縛られ、制限され自衛活動は思うようにできない。

アメリカにおんぶにだっこ。アメリカが頼り。安倍さんは米国から何を要求されているか

は知らないが、アメリカは日本を守るから、日本も自国の防衛にはもっと真剣に積極的

に対処し、米軍に協力してほしい、と言っているのではなかろうか。共同対処である。

近隣の中国、北朝鮮は不安定な自国内の問題から、対外的に何時危険な行動に走る

か解らない。その為には早急に自衛行動のための法整備をして手足を縛ることを緩め

ておこう。ならば自衛行為とはどのような範囲までを、事態に対して該当するのかと

野党は詰め寄り、それは憲法違反だと。しかし、今の憲法という安眠枕上に寝ていて

本当に大丈夫だと思っているのであろうか。本当に安眠枕[E:sign02]  もし、敵国から不測の

事態が引き起こされ、国の存立に関わる事態に遭遇して、あぁ、あの法案を事前成立

しておけば良かった、とならなければいいのであるが。日本を取り巻く環境、情勢をどう

観るか。安全上の現状認識をどう捉えるか。小生は野党が言う戦争法案ではないが、

リスクが、争いのリスクが高まっており、今の安眠枕は惰眠枕と映り、不安で眠れない

のである。だからこの法案は憲法改正までの喫緊の重要法案。国民の生命、財産を

守り、家に鍵を掛ける為に必要な重要法案。現行憲法では国家の安全を担保できない。

だから憲法違反には当たらないと。そしてこれはあくまで自衛の範囲の話である。

posted by tennismouse at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

戦争の後遺症

小生が購読するS新聞、そのソウル支局長がソウル地検から出頭要請を受け、

事情聴取中である。同ウェブサイトに掲載された日本向け記事の内容が同国大統領

の名誉棄損にあたる疑いというもの。同記事は現地で最大部数を誇る新聞社の記事

を主に引用。その現地新聞社にお咎めは無い。このS新聞社、その主張は朝日新聞

社と対極にある。そしてこのS新聞社、日本のように報道の自由が無い2つの隣国に

マークされており、 過去には記者の国外退去、入国拒否を受けたこともある。

さて、8月16日、このS新聞朝刊に以下のような記事が掲載された。その掲載記事

『日本貶めた誤りをただすとき』を今回そのまま転載した。   転載に当たり、

試用版OCRソフト、読取革命Liteを初めて用いたが、とても便利。(99%正解)

朝日新聞は8月5、6日付朝刊で、慰安婦問題をめぐる同紙の過去の報道に誤報が

あったことを認めたが、議論をすりかえ、国際広報もせず、自らの責任を明確にして

謝罪することもしなかった。盧泰愚大統領(当時)は、 「慰安婦問題は日本の言論

機関の方がこの問題を提起し、我が国の国民の反日感情を焚きつけ、国民を憤激

させてしまった」と指摘した。「 従軍慰安婦」と「女子挺身隊」とを混同し、吉田清治氏

のウソの証言を報道した朝日新聞が、日本は「性奴隷」国家であるという不当な国際

誤解の元凶であったことが明白になった以上、言論機関としての社会的責任、 国際

的な説明責任が問われるのは当然である。中韓との教科書騒動の元凶も日本の

新聞報道であったが、このような「反日日本人」のルーツは、占領政策を継承し拡大

再生産していく「友好的日本人」による「内的自己崩壊」を仕組んだ占領軍の「精神的

武装解除」政策にあったことを見落としてはならない。憲法をはじめとする占領政策を

アメリカが押しつけたことのみを問題視する傾向があるが、そのような責任転嫁は

もはや許されない。在米占領文書によれば、米軍は日本の歴史、文化、伝統に否定

的な 「友好的日本人」のリストを作成し、占領政策の協力者として「日本人検閲官」

(約5千人)など民政官を含む各分野の人材とし高給を与え積極的に登用した。

これらの占領軍と癒着した「反日日本人」が戦後日本の言論界、学界、教育界などを

リードしてきた事実を直視する必要がある。 ドイツと違って、軍国主義は日本人の

道徳(精神的伝統)や国民性、神道に根差していると誤解した米軍の対日文化・心理

戦略が、日本人の道徳、誇りとアイデンティティーを完全に破砕する「精神的武装解除」

政策として実行され、「内的自己崩壊」をりードする「反日日本人」を活用して、 背後

から巧妙にコントロールした。在英秘密文書で共産主義者が憲法制定や公職追放、

戦犯調査などに深く関与し、米戦略諜報局の対日占領計画の背景に、英タヴィ

ストック研究所の「洗脳計画」があったことが判明した。 伝統文化や男らしさ女らしさを

否定する教育など、抵抗精神を弱体化する 「洗脳計画」によって、占領軍の眼をはめ

こまれた「反日日本人」が 日本の国際的信頼を自ら貶めてきたのである。

昭和20年8月15日、朝日新聞は「玉砂利握りしめつつ宮城を拝しただ涙」との見出し

で、「英霊よ許せ」「『天皇陛下に申し訳ありません・・・』 それだけ叫んで声が出なかった」

(一記者謹記)という記事を掲載している。朝日が「反日」に転じた契機となったのは、

占領政策に反するという理由で発行禁止になったことにあり、以来朝日は発行停止に

ならないように、占領軍の目で反日記事を書くようになった。江藤淳はこの占領下の

「閉ざされた言語空間」について鋭く指摘したが、「反日日本人」 が戦後日本に与えた

影響について歴史的に検証し総括する必要があろう。単純な米中韓との対立図式

では捉えられない戦後の思想的混迷の原点がそこにあると思うからである。

中韓首脳会談で慰安婦問題の共同研究が合意されたが、河野談話の作成経緯に

関する検証結果を踏まえた新談話を発表し、不当な国際誤解を払拭する必要がある

   著者 : 高橋史朗   明星大学教育学部教授

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