2019年01月17日

歴史の改竄

丁度3年前、京都の大学キャンパスで講座を受講。「この世・あの世と輪廻転

生する世界」、とても印象深い講座であった。最終講義、倫理規範を支えるも

のの説明、インドでは輪廻転生する来世意識であり歴史感が無い。生きてきた

証の結果、今の自分がある。「行為と存在」のKarmaの理論。他方、中国

では、後世意識で「行為と評価」。清朝以降、王朝交替ごとに新しい王朝が前

代の王朝の歴史を編纂することで,自らの政権の正統性を明らかにした。現在

では共産党が都合良く前代の歴史の正統性を決めている。起居注、左史、右史。

今朝の新聞記事、韓国という国の問題を読み、上記講座内容を思い出したもの。

韓国という国がとても分かり易く書いてある記事、以下に転載した。

『「韓国は歴史を書き換えるので気をつけないといけない」。韓国の大学で
歴史学を学んでいた日本人留学生から以前、聞いた話だ。
小倉紀蔵京都大教授によれば、日本と韓国とでは歴史観がだいぶ違うという。
小倉氏は「なぜ日本人は過去の糾弾をしないのかということを韓国人はよくい
う。過去の糾弾というのは、儒教的な意味でいえば毀誉褒疑の『春秋の筆法』
によって、どれが悪くて、どれが善かったという、必ず善悪の価値を付けて歴
史を描くことをいう。そういう歴史観こそが文明だと思っている」
(「心で知る、韓国」)と指摘する。
 ◇歴史の立て直し
春秋の筆法という言葉は、中国の孔子の編集による歴史書『春秋』に由来する。
韓国でよく耳にする言葉に「ヨクサ パロ セウギ」というのがあるが、直訳
すると「歴史の立て直し」だ。韓国版「春秋の筆法」といえるかもしれない。
埋もれた真実を探り出すという側面もあるが、政権が代わると自分たちの都合
のいいように歴史を書き換えるという面もある。「歴史の立て直し」は日本人
にはなかなか理解しづらいが、それ以上に驚かされるのが、過去に日韓間で結
ばれた合意や協定が事実上”反故”にされることだ。慰安婦問題をめぐる20
15年12月の日韓合意に基づき設立された「和解・癒やし財団」の解散問題
やいわゆる徴用工訴訟の最高裁判決がそれだ。「約束を守ることが正しい」と
する日本人には到底許されない。だが、くだんの知人によれば、韓国人は約束
を守ることよりも、その約束が韓国語でいう「オルバルダ(正しい)」かを
重視する。韓国人は、この「オルバルダ」を基準に歴史もみているという。
ソウル在住の通訳者に聞いたところ、「オルバルダ」は「道徳的に正しい」
「人間として正しい」といったニュアンスがあるという。韓国人にとって、
朝鮮半島の統治をはじめ元慰安婦や元徴用工の問題は「日本が人間として正し
くないことをした」ために起きたということが大前提にある。
そこに「歴史の立て直し」が加わり、韓国には1910年に締結された日韓
併合条約も、65年に結ばれた日韓基本条約も「無効」という考え方がある。
◇遡及される法律
さらに韓国では法そのものに対する考え方が、日本人の常識とはずれている。
韓国の場合、法を遡及して適用されることがよくある。他の法治国家ではあ
まりみられないことだ。 韓国では実際、新たに制定された法律により、
2人の大統領経験者が過去の事件で投獄されている。  以下略  』

中国でも清朝以降、新王朝が前代王朝の歴史を編纂、韓国同様書き換えている。

歴史とは、ある事物・物事の現在までの進展・変化してきた過程の蓄積記録。

栄光の歴史は引き受けるが、汚辱の過去は否定してしまいたい、歴史の改竄で。

韓国という国家を動かしているのは一体誰、何なのであろうか?!運営主体は

国民が選んだ政治家、政府であり、大統領であるのだが、時にどうもそのよう

な指導力があるとは思えないことがあるのだが・・・。日本から観れば自己中

に見える。国民の根底にある考えは小中華主義に、中国伝来の朱子学?!

*2019.1.17 新聞掲載記事 「韓国 なぜ約束を守れない」 より転載
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2019年01月15日

高笑いと福

今日の日経電子版に「がんゲノム医療、全国40病院で。遺伝情報から薬選ぶ」

と載った。厚生労働省はがん患者の遺伝情報から最適な治療薬を選ぶ

「がんゲノム医療」を全国で受けられるよう医療提供体制をつくる、という。

がんゲノム医療は一人ひとりの患者の状況に合わせた「個別化治療」につなが

るが、すべてで有効な治療法に結びつけられるわけではない、という。2人に

1人が罹患すると言われるがん、最新科学技術で以てこの難病を克服しようと

している。多くが罹患するがんの治療が脚光を浴びている。免疫療法でノーベ

ル賞を受賞した本庶先生の研究、新たな免疫療法など、技術進歩も速く、克服

も近いのではないかと思えてくる。しかし、がんという病のゲートを無事通過、

克服出来たとしても次なる病のゲート、関所が待っている。高齢者には。

 早く行かなければと思っていた病院に行ってきた。60日分の血圧の薬が切

れたから。祭日開け、インフルエンザの流行で、多くの患者が来るだろうと終

盤の11時半に向かった。60〜70名余で待合室はいっぱい。待合椅子の配

置が変わり、席数が増えている、その待合室で観察。診察室の入り口は8つ。

各入り口にはNo.10までの番号が貼ってある。No.4と9は見当たらない。

何時もは無指名だが、指名医師はと聞かれ指名した、40分待って順番、呼ば

れた。入るとお待たせしてスイマセンと顔馴染みの医師は謝る、何故か?!

サービス精神?!10時半頃が一番空いていますとアドバイス。

136/90。聴診器をあて4〜5分で診察終了。この降圧薬、死ぬまで飲み

続けなければならない。長期服用の終身薬、効果は半信半疑であるが。

常用薬に週刊誌記事も喧しい。

家庭、家族に病人が居ると、現れると家族構成などによっては家庭が乱れる。

ストレス多き社会、心と身体の病に罹患もする。何時もお袋が言っていた。

当たり前のことだが、我が家族4人が健康だったから順調にここまで来られた

と。もし家族の1人が病気に、怪我にでもあっていたらこのような順調なファ

ミリーには及ばなかっただろうと。妹の年賀では無いが、「当たり前の毎日が、

何よりの幸せ」が永年続いた結果の幸せである。

 前月記事(12/8)、テニス後のテニス忘年会の会場に向かう前の少しの

時間、地元の同姓先輩の親切心に甘え、家庭風呂に入り世話になった。その時

の1コマである。風呂から上がって来ると先輩の奥方が社会人ラグビーの試合

を1人で観て、大きな声で笑っている。ルールは分からないそうだが、激しい

肉弾戦、その激しい試合をみて声を上げて笑い、観戦。その姿を観て想い出す。

お袋も感激、感動したら声を上げて笑っていた。所謂、高笑い笑う門に

は福来たる、で、この先輩家庭同様、小生の親子4人家族の時には笑いが多く、

幸せな4人家族だった。笑いが絶えない家族、家庭円満は精神健全、社会性健

全に育つ。しかし、兄弟が世代交代に入るや或日以降我が家からこの笑いは消

えていった。時期は異なれど2人は一気に奈落の底へ。お互い、相手が発する

サインを見誤り、外部から心の病人が家庭に侵入、当たり前の毎日は去った。

初めての経験、心の病にはお手上げであり、対処も出来ず、薬も無い。この病、

高知能動物、人間の副産物でもあるのだ。まだ身体の病の方がこの眼で視認で

き、正常会話ができ、納得、対処できていいようだ・・・。 しかし、小生は

元々楽天家、笑いは直ぐに戻る。協力者の1人は老婆(ラオポ)妙子さん(世辞)

小さな家庭単位でも、企業単位でも、大きな国家単位でも、長期的視点で観れ

ば衰退、隆盛を繰り返している。今、中国は膨張主義、覇権、米国に対する凌

駕を狙っているのだが、高笑いするのは・・・。

*长寿谚语(中国): 笑口常开,青春常在.・・・笑っていればいつも青春

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2019年01月13日

風邪と1週間

:誠に残念、昨日は。大学ラグビー決勝戦、応援する天理大は1トラ

イ差で負けた、実力は僅差。マイボールラインアウト、明治大に取られ、攻撃

チャンスが守勢に回ってしまった、3回も。東京で開催、明治大の地元、アウ

ェイである。後半の終盤、反撃に出たが、及ばなかった残念。緊迫した好試合、

楽しんだ。会場が花園であれば・・・、もしやと。

さて、姪が東京のウィルスか京都のウィルスかは知らぬが正月からインフルエ

ンザウィルスを持ち込んだ。4日に訪れ、5日に発症、しかし、一緒にテニス

を楽しんだ。昼、夕食と食事を摂らず、キッチンシンクに嘔吐。この状態で5

日の夜行バスで東京に戻った。抗がん剤治療入院を控えた妹(母)は泊まらず

に帰宅。結果的には伝染せず、難を逃れ、抗がん剤治療への影響は避けられた。

小生は1泊して親子の会話を設定したのだが、元より妹に宿泊の予定はない。

姪はめっちゃ汗をかき、発熱抵抗し、治まったようだと。

  月曜日7日、今年最初のグランドゴルフ、好天気だ。小生と二人が今月の

用具当番。毎朝、8時に起床しているが、当番ゆえ、グランドコンデションを

確認し、8時過ぎには開催の有無を判断しなければならない。霜柱の湿潤の影

響はないかなどと。少し早起きして確認に出掛けた。その後、食事を摂り、

道具を車で運び、用具設定、運用事務の準備段取り。大事な物を忘れた。自ら

の道具の積忘れ、歩いて取りに帰る。風も無く良いコンデションの好スタート。

17名が集まった、ワイガヤの楽しく良い仲間達である。24日は新年会。

その夜、就寝前、少し喉が痛く悪い予感。翌朝、どうやら風邪をひいたようだ。

姪が菌を運んだようだ。熱は低熱の36.8〜37.1℃、対策を考える。

元来が薬と病院を敬遠するタイプ、薬を体内に入れることは極力避ける。喉痛、

妙子さんが常用し、常備薬のイソジンでうがいをする。そして夕食を摂らずに

夕刻から寝ることに決めた。晩酌は我慢した。弱くなった自己治癒力に期待し

て翌8日の昼までご就寝。しかし、まだ喉が痛くうがい励行、やる気も衰える。

9日テニス、朝から雪がぱらつき、早くに中止の連絡が入った。内心安堵。

暫くして地元の1人が「雪が止み、晴れてきました。昼から出来ますよ〜」と

メンバーにメール。即、「もう、決めたことです!」と打ち消し、「一過性で

す」と送信。「分かりました」。そして、「丁度良かったです。風邪をうつさ

れ寝込んでおります」と既に連絡しているの、とも返信。「それは大変だぁ

回復をお祈り申し上げます」と来た。「謝謝! 再開しますとなれば、ゆっくり

寝ていられないではないか!」と送信。

翌9日も喉痛が治まらず、我が自己治癒力の低下を覚ゆる。うがいを頻繁励行。

10日(木)少し良くなり、タブーだがシャワーを浴びることにした。最悪、

病院行きも考え、身体を清浄に、頭髪も洗った。常用する血圧薬は残り4日分。

だから、これで悪くなったら11日(金)は清潔な身体で受診しようと。

が、良くなった、治ったようだ?! 食料品の買い出しへ。   しかし、

12日(土)、何故か朝から鼻汁が頻繁に漏出、時折くしゃみ、平熱なのだが。

この調子で出るとテッシュ1箱が要るッ。風邪の感覚はないのだが・・・。

今日は1日、鼻汁ディ−の鼻下痛。自己治癒力に頼る年齢では無いのであるが。

シャイであり、カムフラージュを好む妙子さん、このブログを読みカケホーダイ

で様子を伺い、気遣う。帽子を被り、マスクをし、コートで身を包み何時も拙宅

を訪れるから、お主誰ッ?!着くや先ず、手を洗い、うがいを励行。With me!

一昨日の従姉妹からのLINE、年末に息子と旦那に風邪をうつしたと。

しかし、市販の薬と気力で治しましたよ、という風邪情報。 気力か!!

処で、この正月4日、野洲メンバーからテニスのお誘いが。7日には能登川

メンバーからもテニスのお誘いメール、これは、メンバー不足で中止に。

7日のグランドGでは4月ゴルフのお誘い、即メンバー4人で予約も完了。

何時、天からご指名の宣告を受けるかも知れない。だから、Let's  enjoy!!
posted by tennismouse at 12:08| 滋賀 ☁| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

正月と絆

両親がいた頃は、正月、盆、5月祭りと母親の実家に多くの親族が集まった。

多いときで十数名、互いの絆を確かめ合った。昨日、絆を確かめ合ったのは

4名。+1は姪、母の病気も有り東京から帰った。先頃、某大学の医学部入試

で女子はコミユニケーション能力が高いから減点したと日頃の無意識の思考が

口から出て社会を騒がせた。姪は父親似で寡黙、その能力は高くはないッ。

食事を、日常の出来事の会話で料理を美味しく戴く。やはり、多くが集まり

ワイガヤで戴く食事、酒は美味い。内輪の話を肴に妙子さん推薦の広島の銘酒

を戴く。順序は逆だが、その後、妙子さんのお点前で茶を戴く、茶菓子の用意
は例年妹担当。人数は少ないが至福の時である。

7日から妹は抗がん剤治療で再入院。元来が小生同様楽天家で有り、明るい。

翌月手術であるが、その候補日は2つの月曜日、各に2週間の開きがある。

応援外科医師の都合がハッキリしないから未だ未定となっている。今、外科医

が足りないという。妹の場合、手術時間は約10時間という。2〜3名の外科

医が担当するのであろう。1名の患者の手術に外科医が2〜3名、なかなか捗

らない。患者の処置対応が捗らない。簡単な手術であれば、2名/日も可能で

あろうが。外科医が不足?!言い換えれば患者が多いとも言える。人口の割合

が高い我々団塊世代は今年で全てが70代となる、ということで外科対象患者

も大きく増加の需給ギャップ。 外科医が足りない患者増 という構図。

以前のブログ記事、衣服の汚れを落とすのは洗濯機では無く洗剤、病気を治す

のは医者では無く薬と自己治癒力と書いた。しかし誤り、外科医は病気を治す。

ある時期、急に新設医科大学が増えたと言う印象を持った。それは我々多くの

人口を占める団塊世代の老後の医療環境を考え、将来を考え、新設したものだ

な、と勝手に思っていた。我が中学校の1クラスの人数は45名、テニスクラ

ブの某メンバーの1人は義務教育期、北海道、京都と転校したが、その彼が

言うには55か60名/クラス学級と言っていたが。やはり戦争はダメだ!!

我々人口の塊の団塊世代、生まれてから死ぬまで競争だと聞かされていた。

入学、入社、(結婚)、出世、入院、介護、火葬場まで競争である。

塊世代、兎に角、人口がとても多いから周りの施設、社会環境が追い付かない。

我が身が罹患状態に陥れば、最悪を想定しておいた方が良さそうだ。 作家、

曾野綾子さんは言う。介護が追い付かずに患者が廊下上で放置される施設もと

・・・。叔母さんを介護した献身的な妙子さんは言う、貴方は私がしますと。

同じ団塊世代、気持ちは有り難いが全く期待せず。それより何故、我が輩が貴

女より先に介護と決めるのだと・・・。我が輩に介護は不要、直行する

  今日は姪とテニスの日。昨日までは天気が良く、好天を期待したのだが、

しかし、皮肉にも予報は外れ、朝から小雨が降っている。9時半過ぎには止ん

だが、クレーコートのコンデションが気になる。が、10時半前出掛けた。
IMG_0441[1].JPG IMG_0442[1].JPG
自然の中の川のせせらぎが聞こえる静かな河川敷コート。雨によるグランドも

影響なしで開始。短ストローク、ストローク、ボレーボレー、サーブと小休止

を交え練習、力量確認。初心者だが马马虎虎。簡単な基本を教えるが、上手く

なるのは継続、練習時間次第。こちらの速いサーブもリターン出来ているから

それなりのテニス。少し汗をかき、休むと寒くなる。1時間半ほど楽しんだ。

が帰宅後、姪は38.6℃の発熱。9〜13時までコート予約、無料の新発見。
posted by tennismouse at 22:03| 滋賀 ☀| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月03日

2019正月2日

2日からおつむを綺麗にしてきた。店の今年第一号のお客を狙ったわけではな

いが、2日になった。年末、来年の営業はいつからですかと尋ねると、いつ希

望ですかと問う。2日しますよ、と。そんなに早くからとは思っていなかった

が、誘われるままに決まった。常連客の小生、何時ものように種々の世間話を

しながら不動状態を続ける。4つ年下のおばさんに任せるままに頭部静止状態。

他愛ない話の中にも、時に有益情報が入る、いろいろな情報交換。共に互いの

家庭の話を交え、プライバシーという考えは無くオープン。手先の器用な頑張

り屋の彼女、考えに信念を持つ。支払いを済ませ、お釣りを待つも少し遅い。

その待つ間、壁面貼り付けの資料を見る。彼女はトカラ列島口之島出身。

と、新年、娘を連れて来て、紹介、挨拶してくれた。釣り銭を渡し、そして

まだ暖かいお節料理の棒鱈とさと芋煮をくれた。資料を見ていると昨年4月、

新造船が就航したとフェリーの資料を見せてくれた。小生、毎年離島を巡って

いるが、トカラ列島も候補の一つかなと。ただ、毎日運行しているわけではな

く、週2便運航。旅候補に値する列島だ。 戴いた煮物を肴に酒を飲み始める。

丁度、新春恒例の大学ラグビー選手権準決勝2試合が始まった。毎年楽しみに

している試合。先ず、早稲田×明治のライバル対決。応援するのは明治大学。

明治優勢で進んでいく。しかし、早稲田は試合巧者、油断ならない。準々決勝

では慶応大に試合終了間際、劇的逆転トライで一点差で逃げ切ったから。今回

も4点差、1トライで逆転の恐れ、危ないと思いながらも明治大が逃げ切った。

我が目には内容では明治大が優勢と映った試合。次の試合は関西の天理大と

大学10連覇を狙う帝京大。久し振りに関西勢が準決勝まで勝ち進んだ。帝京

が勝つだろうとみていたが、始まると応援する天理大がパワーで圧倒、優勢に

試合を進めていく。南方フィジー等から来た留学生3〜4人、彼らのパワーで

帝京大を圧倒し、徐々に引き離した。今年は、とても見応えのある面白い内容

の2試合に満足。決勝戦は12日、小生の眼には天理大優位と見たが・・・。

そして例年、1月15日成人の日に大学一位と社会人一位による日本一が争わ

れるが、最近は行われていないようだ?!実力差が付いたために・・・。

凝視観戦中、老婆(ラオポ)妙子さんがお節料理、鏡餅を持って遠きより到着し

た、早速飾る。そしてラグビーの試合が終わるや否や二人で初詣に出掛けた、

何時もの神社へ。小生は飲酒状態、妙子さんの運転に委ねる、信頼して。16

時を過ぎている、早く行かなければ、17時までには終えなければと・・・。

本殿で祈願をし、破魔矢を買い、妹の病気の無事快癒を願って絵馬に願をかけ
る。今年も御神酒の樽酒はすでに空っぽ、残念。まだ多くの参拝客が境内にい

るも、神社は紅白の幕を店の周囲に張り始め、閉店の準備を始めた。

夕暮れに帰宅、テレビを観ながら持参した妙子さんのお節料理で美酒を戴きま

した。お節料理も当人もなかなか味がある由、この二つを酒の肴にして美味し

く、愉快に戴きました。笑う門には福来たる!!

  この一年が穏やかで、健康でありますように!!
posted by tennismouse at 17:16| 滋賀 ☀| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

2019お正月

新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

いつものこと乍ら、夜更かしで起床が少し遅くなった。起床後の清浄を済ませ、

先ず、仏壇、神棚に掌を合わせ新年祈願。次に独り身の辛いところで雑煮作

りにかかる。昨晩、事前準備をしておいた。今日は快晴、今年も1人静かな

元旦、お正月。考えようで1人正月もいいものと。朝の御神酒はお預け。

お雑煮を戴き、郵便受けの新聞を取りに行く、少ない賀状が届いている。

メール年賀も来る。その2〜3通の賀状を紹介。9人の家族が写っている。

彼の家庭はいつも多くて賑やか。小生は毎年羨望の的、小生と対照的だから。

次に、「中国張家界の旅、連絡させて戴きます」とある。 オッ想起来!!

そう言えばテニスの忘年会の席でお互い、意気投合していたなぁ・・・と。

中国はいろいろな処へ行った。この張家界は想い出がある。中国工場建設で

現地新人社員の周志剛君が、滋賀県と友好都市を結ぶこの湖南省の出身、

凄くいい処です、是非共訪れて下さい、と日本を一度も訪れた事がないが、

風貌を含め日本人と全く見分けが付かない流暢な日本語で勧めた、25年前に。

俗化されている?!とても遅くなったが、中国の張家界行きは決定!! 

妹からも来ている。4日は我が家の新年会に出席、7日からは2回目の抗がん

剤治療で入院だ。「当たり前の毎日が、何よりの幸せ」とある、実感だろう。

健康であることが、心身の健康が何に於いても基本だ。

過去を振り返るのは年末で打ち止め。変化激しい先を、未来を観ていこう。 

一年の計は元旦に有り、で今年の目標設定に取りかかった。

一年はアッと言う間に過ぎる、今年は何をしたのだ、とならないように目標

設定が、行動計画が大事だ。今年は例年に比し、少し目標を変えよう。

1つは積極的に海外に旅立とう。欧州にも出掛けよう、出来たら南米も行きた

いものだ。しかし、昨年は、計画未達成も沢山あったが・・・。 もう1つは

「終活」を始めよう、ソフト、ハード両面で。 活動目標は出来上がった。

モットーは不変の「よく学びよく遊べ」から「よく遊びよく学べ」に入れ替え

た。よく遊んでもっとヒューマンネットワークの輪を広げよう。

ゆっくり考えるには1人身の静寂もいいものだ。1人の時間が持てるから。

世の中の、世界の動きも元日の新聞で情報を仕入れ、洞察力を養い、磨こう。 

明日2日、妙子さんが鏡餅、お節料理を持参する、おそまきながら。彼女の

自発的で自由な行動を放任。料理はいつも抑制的に、とお願いしているのだが。

料理はほどほどにして戴き、銘と名が付くお水を早く持参して欲しいもの。

小生は明日、おつむを綺麗にしてもらいに出掛ける。その午後からは二人で

一緒に何時もの神社へ初詣。今年の正月は東京にいる姪にも声を掛けた。

母(妹)が病気だから帰省したらと。4日は我が家で4人で新年会、そして

翌5日、姪と二人でテニス。2年ほど前から姪の人生、将来を考え、テニスを

積極的に勧めている。東京でスクールに通う。時折の休止も含めて。

力量を試そうということで計画した。当日の好天を祈るのみ。

中高齢である我が身体、健康状態は見えない形で刻々変化、劣化している。

日々ゆっくり進行するから変化に気付くことには難しい。故に突然の変調に

見舞われもし、想定しておくことも必要だ。もしもの場合、xx病院へ搬送

せよと指定、介護の立場も考えて、これも終活範疇。

まぁ、今年も、あるがままに・・・と、いうことで、スタート

蛇足)
NHK紅白歌合戦、歌合戦ではなく、ショー合戦という印象、4K放送開始、
で、歌唱力+パフォーマンスのコラボ?!
posted by tennismouse at 12:51| 滋賀 ☀| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

50Years ago

師走12月になり、少し遅いと感じるが来年から終活をやろうと思い始めた。

年賀状は28日夕刻に投函。終活の一環で、年賀状を新元号の翌年から勝手を

申しますが、以降差し控えさせて戴きますと書いた。

極身近な人に対しては対象外であるが・・・。

今年は昭和で言うと93年、先日のブログ記事の影響か、何故か過去を振り返

ってみたくなった。テレビでは昨夜、日本レコード大賞の過去の青春歌謡を流

している。50年前の当時の初々しい若かりし歌手が映り、昔を想い懐かしむ。

で、小生の今から50年前はどうであったろうかと。50年前、小生は青春真

っ盛りの20歳だ。今、認知症には陥っていないから当時の出来事を、面影を

鮮明に覚えている。 今も忘れられず、脳裏に焼き付いた出来事を想起来!!

その昭和43年12月頃は・・・。小生、社会人2年目、この1年半余、新工

場建設で忙しく、4月からは新工場が本格稼働。故に事務系を中心に多くの後

輩新入社員が入って来た。3交替勤務も始まった。小生は技術者、生産活動に

合わせて交替勤務。電気設備保全担当、職場は変電所内である。4月から女性

事務員が沢山入って来た。男性社員の心がざわつく。小生も気になりだした。

どうも小生に意中のようだ、と感じさせる女性が現れた。電車に乗る、いつも

ドア付近の対面席に1人座る。次駅で2人連れの女性社員が小生の直前に毎回

立っ。視線を落とす。降車するとその後ろを付いてくる、気になる。ドキドキ

鼓動。階段を降りるわが足の運びがどうもぎこちない。乗換駅で待っていると

別の女性社員が気軽に話しかけてきた、気軽に応じる。意中でないから気楽に

話せる。が、彼女が見ているから気になる。このような楽しくもドキドキする

ことが3週間に1週間の割合で起きる。競争するかのようにカップルも生まれ

てきた。彼女たちは良き結婚相手探しに急がしそうだ。

帰りのホーム、待っているとドア1つ離れた位置に二人が現れた。こちらに

視線を向けるが小生は目を逸らす。小生も意中の女性だが、声を掛ける勇気が

無い。彼女のいる職場は解った。電話を掛けようと生産現場にある電話機に向

かう。しかし、余計なことを考える。彼女以外が電話に出ればどう言おうと。

結局、ダイヤルを回せない。小生と同じ街の同級生M1君も意中の女性にアタ

ックしていた。ダメだったと、もう1回いくと積極的だ。あぁ、彼が羨ましい。

彼のような勇気が欲しいと思うばかり。小生は彼のように意中の女性を公には

せず、内密である。彼女の思いに応えられない、もどかしい。帰りのホーム、

またもドア1つ離れた位置に2人が待っている、時折目が合う。すると更に

ドア1つ離れた位置に男子社員が彼女を狙っている。動作を、ポーズを取って

アピールしているように映る。或日もホームで彼女と何時ものような状況の時、

邪魔が入った、相手は2つ上の美人の従姉妹だ。xxちゃん、何澄ましている

の?!と話掛けて来た。知らぬ従姉妹はお構いなし。以降従姉妹と電車談義。

職場対抗の駅伝大会が開かれた。小生は元陸上選手、健脚を披露、沿道で彼女

が拍手応援してくれているのが解る。結果はチーム優勝。いろいろ観察して
いると彼女を狙っている、意中の女と意識している者がいる、とても人気者だ。

このようなことを繰り返し、自己嫌悪。そうこうしている小生の胸の内は苦し

い。と、新たな新聞記事に目が留まった。職場でいろいろ問題が起こり、人間

関係に嫌気がさしていた時に注目する大手家電メーカーが県内に工場進出、

来秋稼働と載った。先進の週休2日制勤務採用の人気企業、ブックマークした。

依願退職を申し出た。会社は慰留に幹部を我が家に派遣し、上司なども盛んに

慰留を勧める。新たな職務も提示した。我々入社組は将来の社の基幹社員にな

ることは理解していた。辞められたら会社にとっても大きな痛手、罪を感じる。

翌年9月退社。その後、出身校を訪れ、就職担当の先生に相談を持ちかけた。

担当者は東洋電具という名も知らぬ小さな会社を勧めた、後のロームである。

大歯車の一つになるだけと、この大企業を勧めなかった・・・、が、希望は

変えなかった。応募することに決めた。「ライシャコウ  マツシタ」と電報が

来た。退社すれば彼女との出会いの機会は無くなる。そこで、生まれて最初で

最後のラブレターなるものを書いた。差出人空白、宛先は詳しく解らないから

町名まで記入。小さな隣町、恐らく無事に届いたと思っている。

その内容だが人に言える内容ではない。明確な意思表示は無く、やはり思いを

率直に表せない、書けない。受け取った彼女は面食らっただろう、この人、

一体誰?!と。 こうして新たな会社の職場に配属、元の会社と異なり、周り

の多くが一流大学卒、故に精力を費やす、故に彼女の思いは希薄、疎遠になっ

ていく。それから10年程経過して地元の同級生のM1君から情報が入った。

小生のドア1つ隣位置に彼女が待つ、また、そのドア1つ向こうに彼が待つ。

その彼が彼女を射止めたという。彼は同じ高校の同期、それから更に20年前

後して彼は工場長に昇進した。彼女は工場長夫人になった。

さて、この話には、老婆(ラオポ)妙子さんが絡む。妙子さんも彼女と同じ歳の

同期入社。地味だから小生は全く知らなかったが。女性同士、彼女のことは知

っている。数年前、OG会にも一度出席、彼女と同席した妙子さんに懇願した、

彼女に一度逢わせてくれと・・・。全く取り合ってくれない。この話をすると

当時は今と異なり皆んなそういうものだったと慰める。同期の彼は早く60歳

で亡くなった。小生は当時の我が心境を伝えたいだけだというも妙子さんは全

く取り合ってくれない、つれない、意地悪。神は赤い運命の糸で結ばれた彼女

を千載一遇に我に与えた、しかし、そのチャンスを逃した。チャンスは二度と

なかった。小生にM1君のような勇気があれば人生は大きく変わっていたであ

ろう。現代は当時と異なり、女性も積極的である。もし、彼女が積極的であっ

たならば小生は間違いなく陥落していたであろう、喜んで。 当時に、携帯や

スマホなるものがあったならば小生の人生は大きく変わっていたであろうとも。

お互い40年早く生まれたようだ。M1君は諦めが付く、が小生は今以て諦め

きれないのだ。故に、彼女のお陰で小生は認知症とは無縁となるようだ。

友達のM1君は、独り身となった小生に、後に1人の年輩女性を紹介した。

老婆(ラオポ)妙子さんである。何故もっと若い娘を紹介しなかったのだッ

平成最後の我が青春時代の終活告白である。

皆さんこの一年ありがとうございました。

良い新年をお迎え下さい。良き初夢が現れますように。
posted by tennismouse at 16:11| 滋賀 ☁| Comment(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする