2017年05月11日

園芸クラブ研修

季候が良くなり、野洲、能登川と二股をかけ、テニスを楽しんでいる。

天候危うい昨日も楽しんだ。しかし、練習を始めて1時間ほどして左臀部の

筋肉が痛い。肉離れのような感触である。何とか最終までプレーは出来たが。

帰宅後、考えが変わった、原因の。どうも7年前に起きた脊柱管狭窄症の

再発のようだ。当時、8ヶ月間テニスを休んだ。早速、抑止のため、逆反り

のマッケンジー体操を始めた。背骨の下部5つの骨を腰椎という。この腰椎

間の軟骨(座布団)がズレて骨腔を走る神経を圧迫、刺激しているようだ。

原因は姿勢、長時間のパソコン作業だ。パソコン作業は立ち作業で、と言っ

ていたが、長続きしなかった。日々の悪い姿勢により、少しづつズレ、変形

していくのだろう。マッケンジー体操を繰り返し、ズレの修正を試みている。

左臀部の痛みはなくなったが、下半身に時折しびれのような感覚を覚える。

積極的に身体を動かそうと言うことで今日は園芸クラブの研修会に参加した。

集合場所は近江富士花緑公園ふるさと館。シャクナゲの接ぎ木講習をすると

いうことでカッターナイフを持参して。30名近くの沢山の参加者が集まっ
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       大木の西洋シャクナゲ

た。我々園芸クラブ員以外の一般の方も参加している。まず、シャクナゲが

植えられているエリアに向かい、日本ツツジ・シャクナゲ協会滋賀県支部長、

副支部長の紹介、挨拶が有り、講座でもお世話になったシャクナゲ栽培の育

成と管理でご指導いただいた野洲出身の田中先生の案内でシャクナゲの群生

エリアを観て回り、説明指導。葉の裏が白っぽい交配種の西洋シャクナゲが

幅を利かせている。日本シャクナゲは葉の裏は茶色い色をしている。

近江富士東側にある面積2ヘクタールの植物園の一角にこの滋賀県の県花で
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あるホンシャクナゲなど約400本(和・洋種)が4000uのエリアに

植えられている。シャクナゲの他にも桜、牡丹、松、ドングリの仲間など。

しかし、この一帯の森も枯れ木などが目立ち、手入れが行き届いていない

ようだ。猪も出没している形跡。こうして新緑鮮やかなシャクナゲの山野を

巡り歩く。訪れた時期が少し遅く、開花期は過ぎているも種により開花時期に

幅があるようでまだ開花中のシャクナゲも。花木の女王はシャクナゲという。

ふるさと館に戻り、座学の栽培の説明。シャクナゲは標高800〜4000m

の山に自生する高地の植物。滋賀県のシャクナゲ栽培の技術はとても高いと
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                  ウツクシマツ並木

いう。田中先生がその第一人者。シャクナゲを県花にしている県は他に

福島県。滋賀県はホンシャクナゲ、福島県はネモトシャクナゲ。

帰りのバス時刻の関係で接ぎ木の実演講習は割愛。そして協会滋賀支部では

会員を募集しているという。最盛時120名余の会員がいたが、高齢化で

今では20名余となり、会員を募っているという。日本ツツジ・シャクナゲ

協会では年1回、全国で研修会を開催しており、同協会からも参加している

という。昨年度の開催は山形県。滋賀支部の活動は2ヶ月に1回の例会、

勉強会、苗木の分譲、見学会などで会員の親睦を深めていると。小生も

興味もありヒューマンネットワーク面で入りたいが、今以上の活動は限界。

いろんな方面で日本全国、このような後継者問題を抱えているのであろう。

絶やすことは簡単だが、続ける事、一から立ち上げることは容易ではない。

帰りに全員にシャクナゲの幼木1苗を戴いた。これで戴いたのは3本目。

このシャクナゲ域の街路樹に珍しい松が植えられている。ウツクシマツ

いう。滋賀県甲西町平松のみに自生、根元から放射状に枝を伸ばす珍しい

松で天然記念物に指定されている。

*関連ブログ 2010年4月記事
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2017年05月09日

くらしと気象1

久し振りにM君がウォーキング帰りに立ち寄った、先日。2ヶ月以上の久し

振り。この間、空振り(留守)があったかも知れないが。海外に行ってもいた

ようだ。小生、今はとても良い季節、気候だと切り出した。と、元同僚の彼、

518を知っているかという。我不知道。

欧州で元会社のエアコンのコマーシャルに518という数字を使っていると

いう。518は日本では一年で最も快適な気候であるという意味。5月18日

である。短い期間であるが、新緑の凌ぎやすいいい季節だ。直ぐに梅雨が訪れ、

それと共に蚊、蝿、コバエなどが乱舞を始めるが。束の間の短い快適シーズン。

さて、今日は2回目の大学講座。日本の四季の天気。春が来て花が咲く、花が

咲く順序は必ず決まっている。桜が咲いて梅が咲くことは無い。前後すること

はない。京都では梅が咲き、桜が咲き、藤の花が咲く。この間、約3ヶ月。

新潟では、この咲く期間は1ヶ月半。札幌では一斉に咲くという。この同時

に咲く頃を北国では「北国の春」というようだ(お天気博士  倉嶋 厚氏の弁)

講義内容を一概に説明するには専門的であり、天気図等の補助資料を観ながら

でなければ難しい。だから、一部の内容に留める。講義では講義日から一週間

先の天気を天気図等の気象資料を元に予測する。北半球では天気図にある低気

圧の北側に雲が出来る。雲の形が人参の形の人参雲が出来る時がある。

その根先では大雨が降る。梅雨前線の北側(大陸側)は比較的乾いた空気、

南側(海側)は暖湿な空気。この梅雨前線はオホーツク海高気圧と太平洋高気

圧との間に前線が形成される。今の春から夏への季節、移動性高気圧と低気圧

が交互に通過。暦の八十八夜の別れ霜という時期、立春から数えての日数で、

今年は5月2日。茶畑の霜害の心配がなくなる。また、ヒートテック(下着)

はこの日でお別れ。

気象庁の週間天気予報に傘マークがある。これは降水確率が50%を超えると

付く。この天気予報、今の時期の天気は予報が難しい。信頼度Cが多くなる。
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逆に秋の10月になると天気は安定し、予報信頼度が上がる。

詳しい天気情報は気象庁HP。専門的な情報が欲しければ北海道放送HP

(HBCお天気)、一般者向け情報ではないが、専門家向け情報の地球気HP

地球気では気象庁予報部が1日に2回(3時40分、15時40分)解説資料

を発表している。(地球気HP内にある「解説資料」)

この情報を元に、各テレビ放送局で気象予報士が天気予報の解説をしている。

何故地方放送局であるHBCが天気情報を専門的に行っているのか、

気象予報士が3名以上おれば、このような専門的活動が許されているという。

自発的な活動であるようだ。専門家である気象予報士は気象庁、地球気、

HBCの各情報があれば天気予報は十分に事足りるようだ。

最後に、上昇気流(雲を生成)が起きる場合はどんな時か。
 1.地表の一部が強く温められる。
  ・上空に強い寒気が流入 ・暖かい海面の上に寒気が流入
 2.風が山の斜面に向かって吹き付ける。
 3.二つの空気の流れが収束(合流)する。
 4.前線(温度の異なる空気が接する)付近。
 5.低気圧の中心付近。
以前、大阪南港から沖縄まで船旅。その間には大小多くの島がある。しかし、

これら島の上空には必ずと言ってもいいように島相当の雲が漂う。@である。

明日のテニス、判断者泣かせの悩み多き天気のようだ。降っても小雨かなと。

講義を終え、ラッシュを避けて学食へ向かう。新緑鮮やかな窓外を眺め、海老

フライ定食を食し、キャンパス内の書店、売店を訪れ、書店ではパソコン雑誌

を立ち読み、面白そうで実用的な電子工作記事に誘われ、良くある衝動買い。

そして大学事務所窓口にある種々のパンフレットをチェック。

なんと長浜子供歌舞伎のチラシがある。東京で長浜子供歌舞伎を、あの国立劇場

の小劇場で東京公演するとある。他方、上野区民館では魅力を発信するとある。

昨年のユネスコ無形文化遺産登録以降、情報発信、広報活動が活発になってきた。

*関連ブログ:2011.6.19 竹富島T(島上に浮かぶ雲)
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2017年05月05日

まだ寝てるもう寝てる

今日のニュースに半年間に4日しか休めずに過労死というニュースが載った。

過去のサラリーマン川柳に、「まだ寝てる、もう寝てる」という句もあった。

日本にしかない過労死、十分な休息時間を取らずにただ働く、働かされる半強

制労働時間。月200時間を超える労働時間、休みたくても休めない。ならば、

会社は1人の社員を補充し、シェアーすれば解消されると思うのであるが、

1人分の総人件費は高い。であるから会社は現有人員でオーバーワークさせる

こととなる。仕事量が減れば超過労働時間も減り、仕事量の変化に対する融通

性も得られる。しかし、仕事は出来る人間に集まるが・・・。

超過勤務時間に苦しめられ、自ら身を滅ぼす選択をする、なぜ、苦しみから解放

される選択、会社を辞める最終選択をしないのであろうかという疑問も湧く。

そこで、小生の30代後半の働き盛りの頃の労働時間を調べた。 

我が家には親爺の昭和21年頃より、小生の平成14年頃までの約60年近く

の過去の給与明細表を全て整理保存している。小生は親爺と異なり、戦後の恵

まれた社会環境下で育った長男、ハングリー精神はなく、残業勤務は消極的。

専ら自らの自由な時間を優先する持ち主のマイホームタイプ。

これに反し、先代親爺は貧しい環境下で育った為、真面目でよく働くタイプ。

人の都合で短期の長時間勤務に陥り、親爺が放った苦痛の一言を覚えている。

疲れが度を過ぎると心身きつくて食事も喉を通らないと言っていた

現役当時の我が職場には九州などの地方出身の社員も多い。彼らは所帯を持ち、

子供を育て、マイホームを手に入れなければならない、だからよく働く。

小生はそのような環境、重い荷物を負ってないから彼らほど働かない。

職場は3〜4つ変わったが、最も長く働いた職場は同僚にも、自らの適職にも

恵まれ快適に働いた。人事の適材適所の人材配置のお陰である。仕事は面白い

が、しかし、残業は消極的。残業時間が多いと会社の評価は高いようだ。

仕事を積極的にしていると見なされるようだ。しかし、社員もいろいろいる。

隣の主人は帰りがいつも遅い、何故貴男は早いのかとなじる、嫁が。だから

残業をする。家のローンが残っている、割り増しで頂ける残業時間は美味しい

時間と言って仕事を残業に回す輩もいる。残業大好きで本給より残業手当が

上回る輩もいる。小生のような者も居れば、小生とは正反対の者もいる。

もし小生にマイホームローンが、子育ての経済的負荷が重くのしかかれば彼ら

同様、自ずと働き蜂となっていたであろう。昼間の仕事を残業に配分調整する

者もおれば、小生のように兎に角、素早く仕事を処理して早く帰ろう、フリーに

なろうという輩もいる。フリーとはいいものだ。小生の通勤時間は往復2時間半。

ある職場に居た頃、上司は暗に小生を批判した。官公庁と違うから、定時に退社

すべきでないと。その後、彼は小生に鉄槌を下し、10年の謹慎刑。これで小生

の会社人生は昇進限界へ。その後、適職職場に配置替え。我が人生にはこの世で

会ってはいけない人物が二人居た。その1人が彼である。刺された小生も痛いが、

刺した本人も痛い。3〜4年後、彼は放逐された。それから10年位後だろうか、

フレックス勤務制度が始まり、柔軟な勤務が可能になり、親の療養介護にも利用。

会社は業績が悪いときには残業規制時間をかける。しかし、仕事量は変わらない。

自然とサービス残業となる。反対に業績が良いと規制はなくなり、残業手当で

分配。このようにして会社(事業部)の業績を微調整しているようだ。 因みに

小生の昭和61年1月〜昭和62年12月の24ヶ月間の1ヶ月あたりの

残業時間を調べた。max36.5時間、min2時間、月平均16時間である。

仕事柄、休日出勤、連休中の出勤もあるが、代休取得が前提である。同僚の中に

は、自発的に月200時間前後(休出含む)の残業をする輩も居る。背中の荷物

が重いのか、将又、仕事への取り組みに対するアピールでもあるようだ。これは

多過ぎる。小生のこのような少ない残業時間、少しは注目したであろう、人事は。

残業を避けて得たこの自由な時間、何に使っていたのであろうか。今から考え

ると、結構、自己啓発に費やしていたようだ。それは好きなパソコンの勉強。

1979年頃がパソコンの勃興期。当時は高価であったが、これにかなり夢中

になっていたようだ。しかし、これが直ぐに仕事に生かされる事と相なった。

この初期段階のパソコンを職場に導入し、早速仕事に活用、データー解析で

アピール。会社はもっと認める?べきであるのだが、世渡りは下手クソォ

posted by tennismouse at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

くらしと気象

今年度は自治会の役回り、動き出さなければならない。前年度の引き継いだ

資料を元に計画を立て、行動計画に移さなければならない。担当は夏祭りの

模擬店運営。一昨日、学区の全体会議が有り、全員集合。 だが、何とも

中味の薄い会議内容であった。  我が自治会の販売品はフランクフルト、

焼いて販売。例年大凡1600本を販売している。厳暑時期、大変な作業で

ある。準備、後片付けも含めて。当日は役員を総動員、要員交代制で引き

継ぎを兼ねて次年度の役員も加わり50名余。人の出役調整も大変。

過年度の資料をもらって検討していると、パソコンのDVDの調子が良く

ない。引き継ぎ資料でもらったDVDが読めなくなった。フリーソフトで

回復処理するもダメ。やむなく前年度役員宅に出向き、再度データーをも

らってきた。この方の敷地内を案内戴き、驚いた事に小生の何倍もの耕作

スペース、趣味の園芸活動を展開している。メダカも泳いでいる、火鉢で。

さて、8年以上の担当販売実績があるも当初もらった資料は2年分。ノウ

ハウなどがどうも十分に生かされてないようだ。今後、引き継ぎを軌道に

乗せなければ。データーを貰い、今日から始まる講座、大学へ向かった。

全5回コース。「くらしと気象」の講座。受講者は15名程度。ざっくり

講座内容を説明。気象庁のサイトには便利な情報がいっぱいある。天気予報

の気象現象、これは高度10数Km以下の対流圏で起きる。これより高い

成層圏では起きない。飛行機は安定した成層圏を飛行している。対流圏の

成層では下層が暖かくて上層の気温が低く安定な成層ではない。

釜炊きの風呂湯の自然分布とは反対である。下層の湯は上層部より冷たい。

だから上空に冷たい空気が流入すると、更に下層から空気が上昇しやすく

なり、大気は不安定となる。対流圏で起きる現象として雲、雨、雹、霰、風、

雷など。日本の位置は北緯30〜40°に位置する。気流は西から東へと動き

(偏西風)、天気も西から移る。北緯10〜20°のフィリピン付近では反対
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に気流は東から西へと動く。天気図にある等圧線、渦のある低気圧と高気圧

風は気圧の高い方(高気圧)を右に見ながら等圧線と平行に吹く。等圧線の

間隔が狭いほど風速が強い。北半球では低気圧は左回転、高気圧は右回転の

風が吹く。目の前の図上に左に低気圧、右に高気圧があるとすれば、その間

に吹く風は図下から図上に向かって吹く。高気圧は下降気流、低気圧は上昇

気流が吹いている。天気図から風の方向、強弱が読み取れる。

平行に吹くのは地上1km以上でそれ以下では地表との間の摩擦力で平行風

は崩れる。以上までの説明で天気図から風の向き、強さを読み取れる。

その他、500hpa(高度5900m)の渦度、特定高度線、降水量予想

頻度分布、相当温位(水蒸気が水滴になり放熱)等の説明は省略。

これ以降は小生の考え。複雑に変化する気象状況をスーパーコンピューター

で天気を予測する。時間との勝負。その精度を上げる為には刻々変化する

種々の多くの正確な気象データーを刻々入力しなければならない。

アメダス、ひまわりなどの気象衛星からのデータ、ラジオゾンデ、気象

レーダー等々である。それを元にコンピューターが描き出す天気図を観て

人間様、経験豊かな予報官が天気を予想する。近い将来はAIが予測!?

久し振りの県内大学の授業を終え、学食で豚肉の生姜焼き定食を食し、

キャンパス内の売店、書店に寄り、少し賢くなって帰りました 
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2017年04月16日

お神輿大好き

お祭り大好きで今日も出掛けた。大好きというも日本の伝統文化・芸能を

楽しもうという今年の我が方針で。3日前に我がおつむを綺麗にしてきた、

何時も行く理容院で。親しく会話するゴルフのお上手な、手先の器用なおば

さん理容師である。理容椅子に座り、情報量豊富なおばさんから祭り情報が

入った。この理容院近くにあり、毎年初詣に出掛ける神社の春祭り、神輿の

渡御である。この神社は建部大社、小生が昔、通学した高校の直ぐ隣にある。

当時、この境内で時折、クラブ活動の陸上競技の練習に利用したことも。

50年前の出来事。毎年、初詣に詣るがその時、立派な神輿が一般開放され

ている。この神輿が今日、担ぎ出される春祭りという事で初めて観に行った。

おばんさんの情報に従い、神社近くのスーパーの駐車場に止め、境内に向かう。

12時半集合とあり、13時過ぎに神輿の渡御行列が始まった。何とも古式
ゆかしい衣装を身にまとい、長き行列が続く。子供神輿に、おばさんも混

じるギャル神輿、中学生が担ぐ神輿、そして大神輿が1基、大小計5基が

担ぎ出される。金色色の豪華な神輿、瀬田の唐橋を渡りきった中之島が折り

返し点。担ぎ手は背中に3本杉をデザインしたハッピを着ている。3本杉は

母校高校の徽章のデザインでもある。境内にある神木3本杉がデザインの源。

最近は新興地区に住む方も参加され担ぎ手も間に合っているという。

今日は好天に恵まれ、祭り日和。8月17日船幸祭は神輿が船で瀬田川を下る。

処で、小生の子供の頃、両親の親元の祭りを良く見に行ったものだ。主に母親

の親元であるが。昔は祭り当日の服装は正装で神輿を迎えたもの、祭りはお目
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出度い日であったようだ。神聖な尊い行事だから。都会に出ている者、結婚し

て嫁いだ娘も帰省し、家族一同が集う。旧友との久し振りの再会に懐かしさも

加わり話が弾むと言うような記憶がある。御神酒も入り、饒舌になり親交を、

絆を確かめ合うという姿を観てきた、叔父さん、叔母さん達の。 しかし、

30年ほど前からであろうか、この神社は神輿の若い担ぎ手が少なくなり、

神輿を一輪台車に乗せ、引っ張っている。何とも味気ない神輿祭りになった。

小生が40年近く住んだ引っ越し前の新興地区には、当然このような古き祭り

はない。小生にこのような祭りを演じるような機会はなかったが、演じたい、

仲間に入りたいという思いも強かった、血気盛んな頃。皆で重い神輿を担ぐ

という行動が楽しいと思ったもの。そして、このような賑やかな雰囲気が好

きでもあるから。お神輿、途中一箇所の御旅所で御神酒を補給し、暫し休憩、

次の折り返し点の御旅所でも休憩し、力を振り絞り神社に戻る。片道約700

m余の巡行。折り返し点前の唐橋袂で見送り、祭り途中で帰ってきた。

正味2時間余、祭りを楽しみ、同時に先に失敗した動画撮影にも執着した。

この建部大社は近江一宮、近江二宮は日吉大社、近江三宮は多賀大社である。

*関連ブログ  2013年1月3日 「新年快楽」

posted by tennismouse at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする