2018年10月20日

食と農のバイオ技術

土曜日、次なる講座が始まった。京都伏見区にあるキャンパスに向かう。

今日1日の予定、12時過ぎに同講座修了、その後、学食で昼食後、西国

11番札所の醍醐寺に向かう予定。京都に出掛けるキッカケを掴もうとこの

講座を申し込んだ。勿論、講座内容優先。地下鉄に乗り換え、遅刻の恐れが

あったが20分前に着、しかし、我一人。11名余の受講者が揃い講義が始

まる。講座名は「食と農のバイオテクノロジー」。講師は元神戸大学教授。

第1回目の今日は「育種は人為選択による品種改良である」というお話。

栽培農耕が始まった約1万年前から現在まで人為的に育種が続いているという。

代々の栽培化に始まった遺伝の原理にもとづく品種改良、現在は遺伝情報の

総体であるゲノムの解析が進み農業、医療など生命産業に積極的に用いられ

バイオテクノロジーとして発展している。その技術の未来についても考えると

いうもの。最前列に座る。マイクがあるも使わないから時折、聞き取り難い。

レジュメを元にパワーポイントで講義が進んでいく。約50枚余のスライド。

少しお堅い内容だが、その概略ポイントの一部を紹介。

@世界は人口爆発、現在約75億人、2060年100億人、アジア、アフリ
 カで増加。日本は少子高齢化で農業の担い手不足、農地の減少、耕作放棄地
 の増加で農業総生産額は低下。

A気候変動の地球温暖化 主因が人為的な可能性は95%以上。
 21世紀末には平均気温は2.6〜4.8℃上昇。海面最大82cm上昇。
 日本のみかん、リンゴの産地が北進している。

B日本に食料は溢れ、日本人は飽食のまっただ中。
 家庭から、外食産業から廃棄される食料は1,700万トン/年、14兆円。
 可食部分の食品ロスは500〜800万トン(2010年度推計)。
 日本の米の産量782万トン/年。(品質保持期限の3分の1ルール?!)
 世界の飢餓人口は8.15億人。

C地球上の植物は約30万種。突然変異と自然淘汰で進化。
 人による人為選択で野生種から栽培種への転換が起きた。
 栽培植物の成立、農耕の開始、で文明が発達。1万年前から。

D栽培植物は起源地(世界8地)から、民俗の移動や交流、交易によって伝搬。
 他の地域の近縁植物との交雑により、更に飛躍的な種、栽培植物が形成され
 た。コムギが代表例。栽培作物の近縁種(雑草)が、自然交雑により新たな
 ゲノムを提供することで新たな種から、人による栽培化を経て新たな栽培
 植物が生まれた。

Eこの変化の過程で、非脱粒性、易脱穀性の獲得、休眠性の消失、可食部の
 増大化などは栽培化遺伝子群と呼び、同性質を求めて品種改良されてきた。
 例)トウモロコシ
 非脱粒性・・・・個々の粒が容易に落ちない。
 易脱穀性・・・・皮を剥ぐ、脱穀し易い。難脱穀性にはクルミ、栗など。
 休眠性消失・・・一斉発芽率が高い。原生種は種の保存で一斉発芽率は低い。
 可食部増大化・・原生種テオシント 〜10粒、トウモロコシ 600粒〜
 トウモロコシ、コムギ、イネ、トマト等には栽培変化の度合いが大きい。
 トマト果実の大きさは1つの遺伝子が決めている。
 大豆そのものの製品には遺伝子組み換えではないとある。しかし、豆腐、
 味噌、醤油等の加工食品には組み替え大豆使用は今や当たり前である。
 余談だが「松キノコ」が生まれている。椎茸の改良で香りは松茸。

Fその他
 近代農業は産業化と相まって「選択と集中」が進んだ。が、リスクもある。
 多くの人間がますます少数の植物種によって養われるようになった。
 植物の多様性の衰退、遺伝的多様性の集積地=作物起源地の破壊。
 遺伝的均一化により、大規模な凶作と飢饉の危険性が増大。 
 1845年には、アイルランドではジャガイモ作物の流行病により200万
 人の餓死者等々。多様なイモが植えてあれば全滅は防げる。・
 植物や微生物は、全世界の化学者が総力をあげても太刀打ち出来ないほどの
 多種多様で有用な有機化合物を合成する能力を持っている。しかし今、
 「選択と集中」に代表される野生種の減少が問題である。熱帯湿潤樹林の
 40%以上の消失等によって。野生種は栽培種への遺伝子供給源として
 利用可能なものが多い。生物多様性のための国際条約により自然環境を保全
 し、持続可能な利用を進めるべき。この条約の目標を忘れてはならない。

やはりゆっくり巡ろうということで講義後の西国巡礼地の醍醐寺行きを取り止

め、来春行くことに。駅前デパートをウィンドショッピング、15時過ぎ帰宅。
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2018年10月19日

2018西国巡礼4

秋の西国巡礼を始めた。向かうは30番札所の竹生島。彦根港11:00発の

船に乗らなければならない。9時過ぎに家を出、途中まで高速を走り、某所に

立ち寄り、彦根港に向かう。老婆(ラオポ)妙子さんとは彦根港で待ち合わせ。

井伊直政の甲冑色の赤備え船に30名前後が乗船、40分で竹生島港に着。

地元に住みながら初めてこの島を訪れた。平日だが多くの観光客。

竹生島に向かうにはこの彦根港発しかないと思っていたら、琵琶湖汽船が今津、

長浜港からも定期船を運行している。竹生島は彦根港からは遠く、対岸の湖西

からは近くに位置する周囲2kmの小島、岩山のようだ。港から島影は見えず。

上陸後、ゆっくり辺りを眺めながらキツイ傾斜の階段165段を登り、宝巌寺
本堂を目指す。本堂入り口で手を洗い、口を漱ぎ、本殿に入る。線香、蝋燭を

供え、勤行次第に則りお勤め、納経札を奉納し、御朱印を戴く。目的達成。

堂内の四方は小さなダルマでいっぱい、この「幸せ願いダルマ」の体内に願い

文を収め奉納、願掛ける。いつもの如く、妙子さんは記念土産の品定めに余念
が無い。お勤めを終え、天気も良くゆっくり境内を散策する。持参した昼食を

摂り、次は朱塗りで目立つ三重の塔に向かう。狭い境内、塔の傍には雨宝堂、

宝物殿が建つ。この二つの建物、今日は運良く、20日迄の間、内部を公開中。

雨宝堂内の仏像を拝観し、宝物殿(有料)も観て回る。その傍には手入れされ

た大きくて立派なモチノキが植わっている。地元琵琶湖に浮かぶ西国33ヶ所

のお寺、ささやかながらも修復の一助にと寄進。現在、国宝の唐門は工事用の
シートで覆われ、修復工事中であるから。全国何処の神社仏閣にも灯籠や石柱

など寄進の様子が見て取れる。金壱百万円とあるも遠い昔の百万円、今のお金

でおいくら?!と想像する。工事中であるも中に入り修復中の国宝の唐門を

見学。この島に人は住んでいないが、本坊等の建物が有り交替で管理、運営

しているようだ。この小さな島にも当時の秀吉の権力が及んでいた様子が説明
          船廊下
文から見てとれる。正味滞在時間は2時間40分、竹生島発14:20、

15:00に彦根港帰着。丁度良い滞在時間であった。

近くのかんぽの宿で一休み後、妙子さんが要望する臨済宗の龍潭寺へ向かう

事にした。10分余で着。母方の菩提寺という。境内は多くの木々が生い茂

り薄暗く近年訪れるのは敬遠しているという。境内の荒れた墓地には7〜8つ
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                      直政公甲冑色の赤備え船
彼女の母方の先祖の苔むした墓石が並ぶ。小生の墓同様に無縁墓の道を辿って

行くようだ。彼女の話では禅宗は浄土真宗のような1家1墓ではなく1人1墓、

だから多くの墓石が残っているという。最近は1家1墓に移行しているという。

この龍潭寺、石田三成とご縁のあるお寺でダルマ寺とも言う。そして、この

お寺は行基によって開かれたとある。そして竹生島に四天王像を安置したの

行基で、それが竹生島信仰の始まりという。

この龍潭寺は臨済宗の妙心寺派のお寺、両寺は行基で繋がっている。

彼女の名の一字の妙は、この妙心寺派からヒント?!一字拝借?!

さて小生、国内最大の湖を持つ地元に長年住みながら琵琶湖の観光船に乗った

のは今回が初めてではなかろうか?!

丁度1年前訪れた、人が暮らす沖島に渡ったのは渡船、連絡船である。

西国巡礼、これで残りは5寺。5年で西国巡礼を終えると言っていたが、来春

まで続きそうだ。5年目となる年内に残り2〜3寺を巡りたいと思っている。

巡った多くのお寺は自然の静寂の中にあり、心が落ち着き、癒やしを感じる場

である。西国33ヶ所のお寺に限らず、神社巡りを、隠れた,由緒ある秘寺を探

し、巡りたいもの。身近にある寂れたこの龍潭寺もその内の一つであるようだ。

彦根市もこれら歴史、由緒あるお寺を何故上手く観光PRしないのであろう。

二つのお寺はダルマで繋がっている。尚、竹生島は長浜市の行政区である。

遠州、遠江の国にも同名の龍潭寺があり、井伊直虎ゆかりのお寺である。

*)臨済宗は禅宗の一派である。
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2018年10月12日

園芸ボラの学習会

所属する園芸ボランティア、発足5周年記念の学習会という名のレク行事。

グループ自ら企画し、自ら行動するもの。動員要請がかかった。一定人員以上

であれば市の補助が出ると言うことで参加要請がかかった。参加人員は26名。

8時前に自宅を発ち、大津駅前に集合。行き先はカップヌードルミュージアム

万博記念公園の太陽の塔。満席の中型バスに乗り、先ず向かうはミュージアム。
大阪の池田市役所前で降り、向かう。NHK朝ドラの「まんぷく」は日清食品

の創業者、安藤百福夫妻をモデルにした物語。着くと沢山の見学者、その多く

は小中学生の団体。朝ドラの影響!?も有り多くの見学者で混雑。
ここでマイカップヌードルを作ることになっていたが、待ちを含め1時間を要

すということでパス。ミュージアム内を観て回る。
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   インスタントラーメントンネル        マイカップ作り
最初の商品のチキンラーメンは1958年に生まれた。小さい頃の記憶、美味

しかったという印象、よく食べたものだ。1971年にカップヌードルが誕生。
世界市場を視野にしたネーミングに。スキー場でも熱いヌードルを食べたも

のだ。自宅裏庭に建てた小屋で開発を始め、1人で1日の休みも無く1年間研

究の末誕生。館内には当時の研究小屋の内部が再現されている。

当時の商品化の、量産化の苦労が紹介されている。円錐状のヌードルを円錐形
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            底には隙間が              宣伝に一役?!
のカップ内に如何に収めるか。カップ内にヌードルを収めるのでは無く、ヌー
ドルにカップを被せる逆転の発想で自動化を達成。現在、即席ラーメンは

全世界で年間1000億食消費されているという。このブログも「出前一丁」

を食した後に書いているが、手軽で美味しいものだ。ミュージアムの横には
安藤百福翁の銅像が建立。その銅像前の対面の民家の表札には安藤とあり、

この民家が当時の実家であったのであろう。現在も住んでいる?!ようだ。

安藤百福、台湾出身で日清食品の創業者であることは以前から知っていたが、

NHKの朝ドラで今、再び脚光を浴びているようだ。美味しく身近な食べ物

と言うことで子供達にも人気のスポットであるようだ。

1時間ほどでミュージアムを発ち、次なる目的地の万博記念公園にバスで向か
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う。大阪中央環状線、中国自動車道を挟んだとてもとても広い万博公園。

「遊ぶ・学ぶ・見つける」と三井ショッピングパーク、大型エンターティメン

ト施設があり、とても沢山の店が軒を連ねる。この一角のとても大きなフード

エリアで昼食。次は、万博記念公園のシンボル、太陽の塔の内部見学に向かう。

14時から塔の内部を見学。改修、補強され48年振りに本年度展示オープン。

高さ70mの胎内には「生命の樹」と呼ぶ下から上へ原生動物からほ乳類へと

進化する生物模型を展示、根源から未来に向かって吹き上げる「生命のエネル
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ギー」を表現しているという。幻想的にLED照明でディスプレー。禁撮影。

次にお隣の日本庭園に移動する。200m×1,300mの広大な庭園。

その一部エリアを観て回る。先の台風で倒木、折損等の被害が起きている。

この日本庭園で解散。全員、近鉄バスでJR茨木駅に向かい各々の自宅へ。

蛇足: ICOCAカードをスマホケースに入れ、往復JRの自動改札を通過。
   
  先に反応したのはスマホ本体アプリのSUICAカード、から引き落とし。
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2018年10月11日

論語を学ぶUの1

今日は駐車場が満杯のオーバーフロー。キャンパス内の道路脇は車でいっぱい。

下期講座の1回目は欠席し、今日2回目から出席。上期と大きく変わらず11

名余が受講する継続講座。何時もの最前列の我が指定席に座る。左右席には

何時もの人が座っている。今日の講義は、「憲問第14」の378〜381章。

378章 『子曰。驥不稱其力。稱其コ力』

379章 『或曰。以コ報怨。何如。子曰。何以報コ。以直報怨。以コ報コ』
   
   「或曰く、徳を以て怨みに報いば、何如、と。子曰く、何を以てか徳に
    報いん。直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ、と。」

380章 『子曰。莫我知也夫。子貢曰。何為其莫知子也。子曰。不怨天。
         不尤人。下學而上達。知我者其天乎』
   
   「子曰く、我を知ること莫きかな、と。子貢曰く、何為れぞ其れ子を知
    ること莫からん、と。子曰く、天を怨みず、人を尤めず、下学して
    上達す。我を知るものは其れ天か、と。」

381章『公伯寮愬子路於季孫。子服景伯以告曰。夫子固有惑志於公伯寮也。
      吾力猶能肆諸市朝。子曰。道之將行也與。命也。道之將廢也與。
         命也。公伯寮其如命。』

論語初学者の小生、その深い意味はとても理解出来ない。その表面を少し

かじる程度の知識、理解レベル。講義を受けるが、その内容理解にも苦しむ

もの。中国の歴史物の三国志や古代中国歴史、文学に興味があれば、当時

の時代背景を想像し、より深く、面白く考察が出来るのであろうが・・・。

論語とはどのようなものであろうかと興味本位に受講したもの、小生は。

論語の内容の訳は論語専門家の間でも解釈が微妙に異なる。

その多くの専門家の中の1人の解釈、2章分を紹介。

379章
或専門家・・・ある人が「恩徳で怨みのし返しをするのは、いかがでしょう。」
 といった。先生はいわれた。「では恩徳のおかえしには何でするのですか。
 真っ直ぐな正しさで怨みにむくい、恩徳によって恩徳におかえしすることで
 す。」

380章
或専門家・・・先生がいわれた。「残念だな。自分を理解する者がだれもいな
 いのは」子貢が口をはさんだ。「先生を理解する者がいないとは、いったい
 なぜなのですか」先生がいわれた。「天を恨むまい。人もとがめまい。下は
 人間社会から勉強をしはじめ、上は天命まで理解が及んでゆく。この自分を
 理解するものは、やはり天しかないのだろうよ」

論語には他にも「天」という字が出てくる。孔子当時の「」とは何ぞや?!

講義後、いつものように学食で昼食、その後、生協売店、書店に立ち寄り帰宅。
posted by tennismouse at 22:47| Comment(0) | 学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

内部暴露

水入りが多い水曜日、テニスの日であるが、良く当たる天気予報、午後からは

雨の確率70%と予想、出掛けたが正味15分足らずプレーし、降雨退散。

シャワー後、ブログのネタが思い浮かんだ。

過去にも採り上げた内容であるが、それは老婆(ラオポ)妙子さんの料理技量の

お話。我がテニスは今も進化しているが、彼女の料理は停滞する秋雨前線。

以下のような、料理を作る方、食べ方、各2人のタイプが居るとする。
  A:料理の腕前が上位クラス     C:味に執着  
  B:料理の腕前は下位クラス     D:味に無頓着

最悪の組み合わせは、B & C と A & D。

B & Cの組み合わせは、Cにストレスが溜まる=不味い、となる。

A & Dの組み合わせは、Aにストレスが溜まる=無頓着、無関心に。

最良の組み合わせは、A & C。味に鋭く、評価、アドバイスをするから、

Aの料理のレベルは上がっていき、お互いがハッピーとなる。

小生と妙子さんの組み合わせは最悪組み合わせタイプ。彼女が拙宅を訪れる前、

小生は決まって彼女に対し要望する、料理は要らない、持ってくるなら自信作

の1〜2品で結構。しかし、我が意に反し、彼女は多くの料理を持参する。

我が台所でも更に定番料理を作る。小生は美食家であり、大食漢ではない、

多くを食べられないから断る。しかし、彼女は献身的に尽くすタイプ、困った

ことに料理を作るのが好きなのだ。何故なら小生という尽くす対象が居るから。

励みになる人が居るからいいなぁ、と余計な一言を発する。しかし、最悪の

組み合わせであるから、小生は彼女にまたも余計な一言、クッキングハラスメ

ントを感じると。しかし、彼女の耳は馬耳東風、手を緩めないジコチュウ。

彼女のカレーは我が健康を考え、過剰に具材が入っている。料理は味と見た目。

どうも食指が・・・。だから、カレーは今後ご遠慮戴きたいと懇願すると、

先日はハヤシシチューを持ってきた、まるでカレーそっくり。

これからの季節は貴女の得意料理の出番だと言う。彼女の料理はぶっ込み料理

が得意。カレーもハヤシシチューも入れ過ぎと言うほど多くの食材が入ってい

る。これからは貴女の料理季節だと。彼女の好きな料理は鍋に、すき焼き、カ

レー、お好み焼き、ポテトサラダ、これらの共通点は、いろいろな食材をぶっ

込み、混ぜ合わせ、焼き、煮込む。素材の準備で済み技量は不要。 さて、

先日、手作り生餃子を持参した。肴にはピッタリ品だ。ぶつぶつ言いながら

焼き上がってきた。見てびっくり、これ餃子?! うわっ「ゴチャザ」だ
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                      各餃子が団結一体となった「ゴチャザ」
と叫んだ。これはと思い、スマホを手に取ると彼女は撮影を拒んだ。

そして料理が上手く、良くLINEで自作料理を送ってくる従姉妹に餃子なら

ぬこの「ゴチャザ」の出来たてを送信した。即返事が来た。

「パッと見たらお好み焼き?!かと思いました」。そして、彼女を弁護する内

容が書いてある。「手作りですよね、彼女の愛情がこもってますよ。餃子って、

結構手間要りですよ」と。「でも美味しければ・・・。手作りしてくれる人が

いるのだから、そこは感謝ですよ」と。のほほん従姉妹の感想である。

以前も、彼女が持ってきた手作り餃子を焼いた。互いがひっつき、大崩れ。

そして小生は言った。今度は一緒に餃子を作ろう、教えようと。作った経験は

全く無いが、彼女のいたらない原因を追求し、共に考えようと言う思いから。

このまま放置したら「ゴチャザ」が続くから・・・・・、断たねばならぬと。

一つ気になることがある。彼女の餃子の皮表面はグレア、通常はノングレア。

何故か表面が光沢あるグレアだから、餅のように何にでも良くくっつくのだ。

小生は彼女にプレッシャー、パワハラを掛けている、自作料理を希望しますと。

彼女の料理は味が足りない。がしかし、当人には人間味がある。この味は、名

の「妙」という字から生まれたようだ。料理には悪影響しているのであろうか。

人間、完全無欠な人間はいない。居ても魅力乏しく、一緒に居ると息が詰まる

そうだ。いろいろ未完未熟な処があるからそれが個性、人間的魅力でもある。

小生はよく料理の弱点で彼女に突っ込む、彼女は素直に認める。だから、それ

以上に突っ込めない、がしかし、突っ込む。時に己自身が放った冗句の突っ込

みの余りの出来映えに、お互いが腹を抱えて笑い転げる抱腹絶倒。彼女の料理

下手がどうやら二人の潤滑剤のようだ。彼女の策略?!料理の上手い下手は頭

脳とは無関係。創作料理と言われるように料理は味付けと盛り付けの美観も要

求され、全体のハーモニーが大事で一種の芸術作品である。

彼女は料理教室で月1回習い、無駄と思うもNHK料理テキストを毎月購読。

頭の回転は速いが手の動きは緩慢、二物を与えず。料理が上手い人は手も早い。

彼女が帰った後、冷蔵庫を開けてみるとやはり4〜5品の料理が入っていた。

何時ものことであるが、なかなか持参する料理を減らしてくれない。

己はモルモット!?。しかし、人間でありたい。人生の楽しみの一つは食事で

あるから。       m(_ _)m(同記事中には過剰表現が含まれています。)
                         尚、彼女はこのブログを常時チェック中です。
posted by tennismouse at 15:49| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月07日

キャッシュレス対応

先ず、画

minimini菜園、植えた苗は全8苗。そのサツマイモの1株を掘ってみた。

大きいもので1Kg/個。天候に恵まれ、収穫は良。その味は!?
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本題へ。

昨夜の放送、爆笑問題と共に考える、資本主義の未来。お金が消える!!

なかなか衝撃的な内容だった。資本主義経済が行き詰まっているという。

大量に市場にお金を供給し、超低金利にし、景気を刺激しても景気が一向に

良くならないという。日本では個人が貯め込むお金が47兆円、企業が貯め

込むお金が446兆円、個人は老後の不安でお金を抱え、企業は投資に向かわ

ず、従業員への還元、支払いを増やさず貯まり続けているという。

これは表経済の話で表経済の景気が思惑通りに良くならない理由の一つに

この市場に出た多額のお金が、地下経済に流れているからという。 所謂、

表に出せないダークマネーで脱税や犯罪などで得た違法のお金などでその額

は膨大。これらの表に出て来ないダークマネーは、金や現金紙幣で保有して

いる。或いはタックスヘイブンのケイマン諸島等の口座に預け、税金を回避

(脱税)する。このダークマネー対策で、日本の高額紙幣の一万円札を廃止せ

よと外国人の学者が唱えていた。犯罪組織が10億円を一万円札で保有すると

その数10万枚、1000円札では100万枚。犯罪組織もその多額の紙幣の

移動、保管管理も大変だ。タンス預金にも大きな箪笥が要る。

この行き詰まった資本主義経済を活性化させる一つがキャッシュレス化という。

地下経済対策にもなる。キャッシュレスで買い物をすると現金で買い物をする

より消費が増えるという。人の消費に対する抵抗が低くなるようだ、心理的に。

今、世界中から現金が消えている。ポイントカードやモバイル決済、仮想通貨

なるものが現れている。スウェーデンでは、街中からATMが撤去され、現金

流通量の割合は1%台にまで激減。腕にマイクロチップを埋め込み本人認証、

腕をかざして支払い。15年前の大学授業、教授が予測していた通りに。

中国では、のべ13億人がスマホ決済を利用、ヨーロッパでも高額紙幣の廃止

が進むなど、キャッシュレスの動きが加速。

現在、日本の貯預金の金利は史上最低。マイナス金利も囁かれている。

貯金をすると利子が増えるのでは無く、利子分を差し引かれる。

だったらもう少し使おうかとなる。その差し引かれたお金は何処へ行くのか、

社会保障費など社会に還元するという一種の税金。世界的に富の偏在、所得

格差が問題となっており、このような政策が検討されているようだ。 さて、

小生は日常の買い物で一番多く出費をするものは食料品に日常品。いつも決ま

ったスーパーで買い物をしている、2日に1回の割合で。支払いはスーパーの

プリペイドカード、小銭の扱いも無く便利だ。このカードとビニール袋を持っ

てウォーキング、その帰りにスーパーで身軽に買い物。通販の買い物もクレジ

ットカード決済。キャッシュレス社会、直ぐ近くまで来ているように感じる。

今後、急速に社会に普及していくのだろう。 だから早速、その対応に動いた。

スマホによる決済準備をしようと。スマホのApple payを利用しようと。

アプリを入れ、クレジットカードを1枚登録。銀行のデビットカードを登録し

ようとしたがこのカードは未対応。

だが、JR東日本の乗車カードsuicaを使ってデビットカードを登録でき

る、決済できると有り、早速、suicaのアプリケーションをインストール。
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これでクレジットカードの他に1枚のデビットカードのキャッシュレス決済

対応の準備が出来た。勿論、鉄道等のキャッシュレス乗車も可能となる。

今後、スマホ決済対応の端末導入が急速に進んで行くであろうと思うもの。

さてこの前、災害の影響により銀行の入行式が遅れて行われたとニュースが

報じた。地方銀行が合併し、地方最大の銀行が誕生、230名余の新入社員

が生まれたという。社会はキャッシュレス化に向かっているが、多くが渉外

営業の仕事に就くのであろうか!?

*関連記事   
  2018.2. 1  スマホ決済
  2015.1.16 資本主義の行詰り
  
*加筆推敲中
posted by tennismouse at 11:41| Comment(0) | 経済問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月03日

請け売り記事

今日の朝刊に愛読する毎週水曜日連載の作家 曾野綾子氏の記事が載った。

この世に生まれた意味。そこにいる」だけで十分価値がある」

以下は、その記事の請け売り(転載)である。 上手いなぁ、と思ったから。

人生の後半に入ってくると、自分は何のために生きてきたのだろう、と話し

合っていることがある。自分がそのサークルに入って喋っていることもあるし、

そこにいる他人の話を、深い思い入れをもって聞いている場合もある。

多くの人が「気にする」のは、自分はこの世に生まれてきて果たして意味が

あったのだろうか、ということだ。ことに女性は会社勤めをして、利益をあげ

るのに貢献したという実績もないから、結婚して子供を育てたという事実があ

っても、功績を自覚しにくい。

しかし私くらいの長い年月を生きてくるとわかるのだ。人は「その場にいた」

ということだけで、必ず人の役に立ってきたのだ。 

暗い夜道を、不安を覚えながら歩いている若い娘がいる。折あしく向こうから、

黒いオーバーの襟を立てて歩いてくる男がいる。危険人物なのだろうか。

そんな時、いかにも主婦然とした外見の「私」が、一人通りかかっているだけ

で、若い娘は少し安心する。黒オーバーが悪い人でも、主婦らしい人は、自分

と一緒に大声を出して助けを呼んでくれるだろう、と思う。 

私の知人の女性がある時、友人からもらった堀りたてのジャガイモを手提げに

入れて、電車に乗った。そして、ふとしたはずみに袋の持ち手の一方をはずし

てしまった。ジャガイモは電車の床一面に転がった。慌てて拾うのが当然だが、

効率よくいかない。彼女ははいつくばり、車両の半分くらいの面積に散らばっ

ているジャガイモを拾い集めた。すると中の1人のおぱさんが席から立ち上が

って手伝ってくれた。普通澄ました顔をしている都会風人種は、こういうこと

に手を出さない。しかしその人は自分の手提げを座席に置き、20個近くのジ

ャガイモを拾い集めるのに手を貸してくれた。ジャガイモの所有者は、その気

さくな手助けに心を打たれた。逃げたジャガイモ共が、首尾良く「捕獲」でき

たところで、彼女は4、5個のジャガイモを相手に返した。

「お礼の気持ちだけですけど」 「あら、すみません。いいんですか? 

新ジャガのお味噌汁はおいしいから、うれしいですよ」 聞いていた人は、

ジャガイモはもらえなかったけれど、新ジャガの味を思い出して、明日はジャ

ガイモを買おうと考えたと思う。 この場合、ジャガイモを床に落とした人も

拾い集めてあげた人も、共にそこにいてよかったのだ。それどころか、ジャガ

イモを畑で作った人も、この重要な場面を創るのに人知れず役立っていたのだ。

 人間生きていて、何かに役立たないことはない。

「私は一生何もしなかった」 という人は、この手の陰のドラマを思い描くこと

に不慣れなだけなのだ。 私は作家としてごく当たり前のことだが、こういう

表に現れない陰のドラマの部分を確認することに、長年楽しみを覚えて暮らし

てきた。

posted by tennismouse at 21:42| Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする