2018年10月30日

2018西国巡礼5

西国23番札所を訪れた。近くであるもなかなか遠き処である。この札所、

今年4月にも訪れたが、引き返した。土砂崩れで路線バスが通行不能で。

巡礼で単独個人で訪れる際に利用する交通は多くが公共交通、それに旅行

会社の団体巡礼バスを利用、単独の今回はマイカーで向かう事にした。

向かう先は大阪府箕面市にある勝尾寺。9時半過ぎ、付録の老婆(ラオポ)

妙子さんを乗せ出発。ナビが示す到着予定時刻は70分後の10時40分頃。

高速道京滋バイパスを走り、大山崎を通り、途中の分岐点で左に折れるとこ

ろを右に折れ、ミステイク。次の出口で高速道を降り、再び高速道に戻ろう

としたが、迷い、戻れず一般道を走り目的地に向かう事にした。

どうもナビの地図が古いようで、現実の走る道路と合わないことが起きる。

こうして110分を要して11時20分頃、勝尾寺に到着。箕面市街から約

4km山間に入ったところにある。立派な立体地下駐車場があり、格差的に
恵まれたお寺という印象。山門入り口両脇の金剛力士像が睨みを利かす。

境内を眺め、本堂に向かう。その向かう途中には大小沢山のダルマが棚い

っぱいに納めてある。この寺は名の通り、「勝運」寺、人生に勝つ寺と謳っ

ている。商売、受験、病気、選挙、スポーツ等々、勝運祈願のお寺という。
この寺のダルマは勝ちダルマ。先日訪れた30番札所の竹生島宝厳寺も本堂

内は小さな願いダルマでいっぱい。本堂に向かう階段で写真を1枚と思うも

ここでトラブル。相棒の妙子さん、困ったことにカメラアングルはいつも無

頓着、ここで一悶着。我が輩は相手を上手く撮る、我が輩は下手に撮られる。
        標準ポーズ     カマトトポーズ
何時ものことではあるが困ったものだ。時に他人にシャッターをお願いする。

余談。さて、本堂入り口で手を洗い、口を漱ぎ、本殿に入る。線香、蝋燭を

供え、勤行次第に則りお勤め、納経札を奉納し、御朱印を戴き目的達成。
本堂内でおみくじダルマを求め、そのくじ内容に納得。我がダルマ持って帰
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ることにした。この小さなくじダルマが、境内のそこここに置いてある。

持参したおにぎりを食べ、とても広い境内を観て回る。一角には広い霊園が。

中心に3本の石柱がある知恵の環では、この石柱の周りを左右各7回りし、

良い知恵を頂けますようにとおまじないの気休め。

紅葉には少し早いが色づき始めている。少し気になったのが境内の参道。

全面コンクリートで舗装されている。歩き易いが境内の道はやはり地面の道
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                      万博記念公園
が落ち着く。新たな建物も鉄筋鉄骨で建てられ、近代的なお寺に移行して行

くようだ。経済的に恵まれたお寺という印象である。2時間半ぶらり巡った。

土産物売り場で暫し休憩し、拝観を終え、出て来て、勝尾寺の石碑前で写真

を1枚お願いした、札所巡りの白衣姿の女性に。何処から来ましたかと相手

が問うた。その直後、感づいた。どうも台湾からの団体巡礼者ではなかろう

かと。通常、このお寺へは公共交通利用は阪急バス、しかし、結構不便だ。

天気も良く、時刻は14時、未だ時間があり予定には無かったが、先日行っ

た近くの万博記念公園に再び向かう事にした。ここで1時間近くぶらりし、

帰途に就いた。残りは4寺。年内にあと2寺訪れる予定である。

関連記事 2018.4.13  2018西国巡礼2
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2018年10月27日

2018秋の花フェスタ

最近一寸忙しい。今日は毎年恒例の大津市の秋の花フェスタ。湖岸のなぎさ

公園で開催。動員要請があり、所属する園芸クラブからボランティアの一員と

して参加、9時集合。例年全日参加であるが、今年は午前中のみの参加とした。
       事前打ち合わせ

5つの園芸ボランティアグループが協力している。各の役割分担が有り、射的、

スーパーボールの運営、花苗の無料配布、園芸教室、緑化相談・啓発、寄せ植

え講習会、ガラポン抽選等々、多くの役割分担。我々ボランティアはサブ、

補佐的役割で協会職員が主になって運営に当たる。園芸に関連した花苗プレゼ

ントや寄せ植え講習等はボランティアが主となって活躍。その他各種団体が広
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報、啓発活動にテントを敷設してアピールしている。市のシルバ人材ーセンタ

ー、公益財団法人淡海環境保全財団が琵琶湖の水草の資源環境を広報し、水草

を堆肥、肥料の活用をPR。環境省からはクールチョイスのPR。手回し発電

機でLED照明と電球、蛍光灯照明の省エネ性能を比較、アピール。多くの人

が集まるフェスタ、年金相談窓口等、多くの各種外郭団体も参加、PRしてい

る。今年は珍しく舞台ステージが無いから静かな花フェスタとなった。

子供相手の射撃補佐、舞台ステージがない影響か、他の行事に客足が向いたの
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か、今回は訪れる子供の数が少ない。閑で有り、補佐役ほどほどに園内の出店

を観て回る。予定通り、花苗2ポットを買い入れた。朝9時から12時までが

午前中の担当時間、昼食の弁当を5人で戴きフェスタを後にした。明け方前に

は雨は止んで、天気が良くなり多くの人出で賑わっていた。今日のボランティ

ア、総勢35名が参加。帰途途中、草津イオンをぶらりと訪れたが、駐車場は

満杯、ここも多くの人出、家族連れ。食料品を買い、14時過ぎに帰宅。

明日は自治会の秋のゴルフコンペ、その準備にとりかかった。
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2018年10月25日

講座2つを学ぶ

講座が重なり、今日は2つの講座を学ぶ。その一つは「論語

3回目の講座である。いつもの我が指定席に座る。

「論語を学ぶUの2」。  「憲問第14」の382〜386章。

382章『子曰。賢者辟世。其次辟地。其次辟色。其次辟言』
 「子曰く、賢者は世を辟く。其の次は地を辟く。其の次は色を辟く。
  其の次は言を辟く」           註)辟=避

383章『子曰。作者7人』
 「子曰く、作す者7人」     前382章を承けた句である。

384章『子路宿於石門。晨門曰。奚自。子路曰。自孔氏。曰。
     是知其不可而為之者與』 
 「子路、石門に宿る。晨門の曰く、奚れよりぞ、と。子路曰く、孔氏より
  す、と。曰く、是れ其の不可なることを死りて而も之を為す者か、と。」
                 晨門=番人
385章  長文のため省略

386章『子張曰。書云。高宗諒陰。三年不言。何謂也。子曰。何必高宗。
     古之人皆然。皆薨。百官總己以聽於冢宰三年』

専門家の中の1人の解釈、2章分を紹介

382章
或専門家の訳・・・賢人は乱世を避けて山村に隠れる。(それが最高だ)
 第二等は、乱れた地(国)を去り、治まった国へ行く。第三等は、主君の
 乱れた顔色を見ることをやめ、他国へ行く。第四等は、悪しきことば・主張
 を聞けば、去って他国へ行く、と。

384章
或専門家の訳・・・子路が魯の国に帰国したときの話である。陽が暮れて
 街の城門が閉ざされていたため、やむをえず石門(地名)近くに泊まった。
 夜が明け城内に入ろうとしたとき、門番が「どこから来た」と問うた。
 子路が「孔氏さまのところから」と答えたところ、門番がこう言った。
「とてもできない話であることを知りながら、それでもまだするあの男の
 ところからか」と。     孔氏=孔子

全5回講義、次回は来年2月である。

講義を終え、論語の講座継続を勧められた京都の方と学食で昼食、暫し雑談

後、次なる講義まで1時間30分近く時間があり、一時帰宅。

次なる講座は「昆虫や線虫の生きざまに学ぶ」全3回。各回、講師は変わる。

今日は「昆虫はどのようにして生き延びてきたのか?」 ほんの一部を紹介。

地球上に昆虫は100万種以上生存、一説には200〜300万種とも。

軟体動物 約8万種、甲殻類 約4万種、魚類 約3万種、鳥類 約1万種、

両生類 約7千種、ほ乳類 約5千種。

これらの種は、生存曲線により、晩死型、平均型、早死型に分けらる。

晩死型:ほ乳類   早死型:昆虫、魚類   平均型:鳥類

少なく生んで親が子を守り育てる、多く生んで生き延びたものが育つ。

その中の昆虫は、他の昆虫や鳥などの天敵から種々の方法で身を守る。

隠蔽擬態で身を隠して、逆に徹底的に目立って生きる。目立って「自分は

毒だ」と敵をあざむく。 例:マメハンミョウ

例:毒針を持つ蜂の黒/黄の縞模様で蜂に疑似・・トラカミキリ、スカシバ等

植物の茎、枝、葉、樹皮に擬態するナナフシ。どうして分布域を拡大するか?

よくヒヨドリに食べられる。食べられた抱卵状態のナナフシ、卵は消化され

ずに排泄され、孵化して増殖、分布域を拡大。  以降 略。
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2018年10月20日

食と農のバイオ技術

土曜日、次なる講座が始まった。京都伏見区にあるキャンパスに向かう。

今日1日の予定、12時過ぎに同講座修了、その後、学食で昼食後、西国

11番札所の醍醐寺に向かう予定。京都に出掛けるキッカケを掴もうとこの

講座を申し込んだ。勿論、講座内容優先。地下鉄に乗り換え、遅刻の恐れが

あったが20分前に着、しかし、我一人。11名余の受講者が揃い講義が始

まる。講座名は「食と農のバイオテクノロジー」。講師は元神戸大学教授。

第1回目の今日は「育種は人為選択による品種改良である」というお話。

栽培農耕が始まった約1万年前から現在まで人為的に育種が続いているという。

代々の栽培化に始まった遺伝の原理にもとづく品種改良、現在は遺伝情報の

総体であるゲノムの解析が進み農業、医療など生命産業に積極的に用いられ

バイオテクノロジーとして発展している。その技術の未来についても考えると

いうもの。最前列に座る。マイクがあるも使わないから時折、聞き取り難い。

レジュメを元にパワーポイントで講義が進んでいく。約50枚余のスライド。

少しお堅い内容だが、その概略ポイントの一部を紹介。

@世界は人口爆発、現在約75億人、2060年100億人、アジア、アフリ
 カで増加。日本は少子高齢化で農業の担い手不足、農地の減少、耕作放棄地
 の増加で農業総生産額は低下。

A気候変動の地球温暖化 主因が人為的な可能性は95%以上。
 21世紀末には平均気温は2.6〜4.8℃上昇。海面最大82cm上昇。
 日本のみかん、リンゴの産地が北進している。

B日本に食料は溢れ、日本人は飽食のまっただ中。
 家庭から、外食産業から廃棄される食料は1,700万トン/年、14兆円。
 可食部分の食品ロスは500〜800万トン(2010年度推計)。
 日本の米の産量782万トン/年。(品質保持期限の3分の1ルール?!)
 世界の飢餓人口は8.15億人。

C地球上の植物は約30万種。突然変異と自然淘汰で進化。
 人による人為選択で野生種から栽培種への転換が起きた。
 栽培植物の成立、農耕の開始、で文明が発達。1万年前から。

D栽培植物は起源地(世界8地)から、民俗の移動や交流、交易によって伝搬。
 他の地域の近縁植物との交雑により、更に飛躍的な種、栽培植物が形成され
 た。コムギが代表例。栽培作物の近縁種(雑草)が、自然交雑により新たな
 ゲノムを提供することで新たな種から、人による栽培化を経て新たな栽培
 植物が生まれた。

Eこの変化の過程で、非脱粒性、易脱穀性の獲得、休眠性の消失、可食部の
 増大化などは栽培化遺伝子群と呼び、同性質を求めて品種改良されてきた。
 例)トウモロコシ
 非脱粒性・・・・個々の粒が容易に落ちない。
 易脱穀性・・・・皮を剥ぐ、脱穀し易い。難脱穀性にはクルミ、栗など。
 休眠性消失・・・一斉発芽率が高い。原生種は種の保存で一斉発芽率は低い。
 可食部増大化・・原生種テオシント 〜10粒、トウモロコシ 600粒〜
 トウモロコシ、コムギ、イネ、トマト等には栽培変化の度合いが大きい。
 トマト果実の大きさは1つの遺伝子が決めている。
 大豆そのものの製品には遺伝子組み換えではないとある。しかし、豆腐、
 味噌、醤油等の加工食品には組み替え大豆使用は今や当たり前である。
 余談だが「松キノコ」が生まれている。椎茸の改良で香りは松茸。

Fその他
 近代農業は産業化と相まって「選択と集中」が進んだ。が、リスクもある。
 多くの人間がますます少数の植物種によって養われるようになった。
 植物の多様性の衰退、遺伝的多様性の集積地=作物起源地の破壊。
 遺伝的均一化により、大規模な凶作と飢饉の危険性が増大。 
 1845年には、アイルランドではジャガイモ作物の流行病により200万
 人の餓死者等々。多様なイモが植えてあれば全滅は防げる。・
 植物や微生物は、全世界の化学者が総力をあげても太刀打ち出来ないほどの
 多種多様で有用な有機化合物を合成する能力を持っている。しかし今、
 「選択と集中」に代表される野生種の減少が問題である。熱帯湿潤樹林の
 40%以上の消失等によって。野生種は栽培種への遺伝子供給源として
 利用可能なものが多い。生物多様性のための国際条約により自然環境を保全
 し、持続可能な利用を進めるべき。この条約の目標を忘れてはならない。

やはりゆっくり巡ろうということで講義後の西国巡礼地の醍醐寺行きを取り止

め、来春行くことに。駅前デパートをウィンドショッピング、15時過ぎ帰宅。
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2018年10月19日

2018西国巡礼4

秋の西国巡礼を始めた。向かうは30番札所の竹生島。彦根港11:00発の

船に乗らなければならない。9時過ぎに家を出、途中まで高速を走り、某所に

立ち寄り、彦根港に向かう。老婆(ラオポ)妙子さんとは彦根港で待ち合わせ。

井伊直政の甲冑色の赤備え船に30名前後が乗船、40分で竹生島港に着。

地元に住みながら初めてこの島を訪れた。平日だが多くの観光客。

竹生島に向かうにはこの彦根港発しかないと思っていたら、琵琶湖汽船が今津、

長浜港からも定期船を運行している。竹生島は彦根港からは遠く、対岸の湖西

からは近くに位置する周囲2kmの小島、岩山のようだ。港から島影は見えず。

上陸後、ゆっくり辺りを眺めながらキツイ傾斜の階段165段を登り、宝巌寺
本堂を目指す。本堂入り口で手を洗い、口を漱ぎ、本殿に入る。線香、蝋燭を

供え、勤行次第に則りお勤め、納経札を奉納し、御朱印を戴く。目的達成。

堂内の四方は小さなダルマでいっぱい、この「幸せ願いダルマ」の体内に願い

文を収め奉納、願掛ける。いつもの如く、妙子さんは記念土産の品定めに余念
が無い。お勤めを終え、天気も良くゆっくり境内を散策する。持参した昼食を

摂り、次は朱塗りで目立つ三重の塔に向かう。狭い境内、塔の傍には雨宝堂、

宝物殿が建つ。この二つの建物、今日は運良く、20日迄の間、内部を公開中。

雨宝堂内の仏像を拝観し、宝物殿(有料)も観て回る。その傍には手入れされ

た大きくて立派なモチノキが植わっている。地元琵琶湖に浮かぶ西国33ヶ所

のお寺、ささやかながらも修復の一助にと寄進。現在、国宝の唐門は工事用の
シートで覆われ、修復工事中であるから。全国何処の神社仏閣にも灯籠や石柱

など寄進の様子が見て取れる。金壱百万円とあるも遠い昔の百万円、今のお金

でおいくら?!と想像する。工事中であるも中に入り修復中の国宝の唐門を

見学。この島に人は住んでいないが、本坊等の建物が有り交替で管理、運営

しているようだ。この小さな島にも当時の秀吉の権力が及んでいた様子が説明
          船廊下
文から見てとれる。正味滞在時間は2時間40分、竹生島発14:20、

15:00に彦根港帰着。丁度良い滞在時間であった。

近くのかんぽの宿で一休み後、妙子さんが要望する臨済宗の龍潭寺へ向かう

事にした。10分余で着。母方の菩提寺という。境内は多くの木々が生い茂

り薄暗く近年訪れるのは敬遠しているという。境内の荒れた墓地には7〜8つ
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                      直政公甲冑色の赤備え船
彼女の母方の先祖の苔むした墓石が並ぶ。小生の墓同様に無縁墓の道を辿って

行くようだ。彼女の話では禅宗は浄土真宗のような1家1墓ではなく1人1墓、

だから多くの墓石が残っているという。最近は1家1墓に移行しているという。

この龍潭寺、石田三成とご縁のあるお寺でダルマ寺とも言う。そして、この

お寺は行基によって開かれたとある。そして竹生島に四天王像を安置したの

行基で、それが竹生島信仰の始まりという。

この龍潭寺は臨済宗の妙心寺派のお寺、両寺は行基で繋がっている。

彼女の名の一字の妙は、この妙心寺派からヒント?!一字拝借?!

さて小生、国内最大の湖を持つ地元に長年住みながら琵琶湖の観光船に乗った

のは今回が初めてではなかろうか?!

丁度1年前訪れた、人が暮らす沖島に渡ったのは渡船、連絡船である。

西国巡礼、これで残りは5寺。5年で西国巡礼を終えると言っていたが、来春

まで続きそうだ。5年目となる年内に残り2〜3寺を巡りたいと思っている。

巡った多くのお寺は自然の静寂の中にあり、心が落ち着き、癒やしを感じる場

である。西国33ヶ所のお寺に限らず、神社巡りを、隠れた,由緒ある秘寺を探

し、巡りたいもの。身近にある寂れたこの龍潭寺もその内の一つであるようだ。

彦根市もこれら歴史、由緒あるお寺を何故上手く観光PRしないのであろう。

二つのお寺はダルマで繋がっている。尚、竹生島は長浜市の行政区である。

遠州、遠江の国にも同名の龍潭寺があり、井伊直虎ゆかりのお寺である。

*)臨済宗は禅宗の一派である。
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2018年10月12日

園芸ボラの学習会

所属する園芸ボランティア、発足5周年記念の学習会という名のレク行事。

グループ自ら企画し、自ら行動するもの。動員要請がかかった。一定人員以上

であれば市の補助が出ると言うことで参加要請がかかった。参加人員は26名。

8時前に自宅を発ち、大津駅前に集合。行き先はカップヌードルミュージアム

万博記念公園の太陽の塔。満席の中型バスに乗り、先ず向かうはミュージアム。
大阪の池田市役所前で降り、向かう。NHK朝ドラの「まんぷく」は日清食品

の創業者、安藤百福夫妻をモデルにした物語。着くと沢山の見学者、その多く

は小中学生の団体。朝ドラの影響!?も有り多くの見学者で混雑。
ここでマイカップヌードルを作ることになっていたが、待ちを含め1時間を要

すということでパス。ミュージアム内を観て回る。
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   インスタントラーメントンネル        マイカップ作り
最初の商品のチキンラーメンは1958年に生まれた。小さい頃の記憶、美味

しかったという印象、よく食べたものだ。1971年にカップヌードルが誕生。
世界市場を視野にしたネーミングに。スキー場でも熱いヌードルを食べたも

のだ。自宅裏庭に建てた小屋で開発を始め、1人で1日の休みも無く1年間研

究の末誕生。館内には当時の研究小屋の内部が再現されている。

当時の商品化の、量産化の苦労が紹介されている。円錐状のヌードルを円錐形
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            底には隙間が              宣伝に一役?!
のカップ内に如何に収めるか。カップ内にヌードルを収めるのでは無く、ヌー
ドルにカップを被せる逆転の発想で自動化を達成。現在、即席ラーメンは

全世界で年間1000億食消費されているという。このブログも「出前一丁」

を食した後に書いているが、手軽で美味しいものだ。ミュージアムの横には
安藤百福翁の銅像が建立。その銅像前の対面の民家の表札には安藤とあり、

この民家が当時の実家であったのであろう。現在も住んでいる?!ようだ。

安藤百福、台湾出身で日清食品の創業者であることは以前から知っていたが、

NHKの朝ドラで今、再び脚光を浴びているようだ。美味しく身近な食べ物

と言うことで子供達にも人気のスポットであるようだ。

1時間ほどでミュージアムを発ち、次なる目的地の万博記念公園にバスで向か
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う。大阪中央環状線、中国自動車道を挟んだとてもとても広い万博公園。

「遊ぶ・学ぶ・見つける」と三井ショッピングパーク、大型エンターティメン

ト施設があり、とても沢山の店が軒を連ねる。この一角のとても大きなフード

エリアで昼食。次は、万博記念公園のシンボル、太陽の塔の内部見学に向かう。

14時から塔の内部を見学。改修、補強され48年振りに本年度展示オープン。

高さ70mの胎内には「生命の樹」と呼ぶ下から上へ原生動物からほ乳類へと

進化する生物模型を展示、根源から未来に向かって吹き上げる「生命のエネル
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ギー」を表現しているという。幻想的にLED照明でディスプレー。禁撮影。

次にお隣の日本庭園に移動する。200m×1,300mの広大な庭園。

その一部エリアを観て回る。先の台風で倒木、折損等の被害が起きている。

この日本庭園で解散。全員、近鉄バスでJR茨木駅に向かい各々の自宅へ。

蛇足: ICOCAカードをスマホケースに入れ、往復JRの自動改札を通過。
   
  先に反応したのはスマホ本体アプリのSUICAカード、から引き落とし。
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2018年10月11日

論語を学ぶUの1

今日は駐車場が満杯のオーバーフロー。キャンパス内の道路脇は車でいっぱい。

下期講座の1回目は欠席し、今日2回目から出席。上期と大きく変わらず11

名余が受講する継続講座。何時もの最前列の我が指定席に座る。左右席には

何時もの人が座っている。今日の講義は、「憲問第14」の378〜381章。

378章 『子曰。驥不稱其力。稱其コ力』

379章 『或曰。以コ報怨。何如。子曰。何以報コ。以直報怨。以コ報コ』
   
   「或曰く、徳を以て怨みに報いば、何如、と。子曰く、何を以てか徳に
    報いん。直きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ、と。」

380章 『子曰。莫我知也夫。子貢曰。何為其莫知子也。子曰。不怨天。
         不尤人。下學而上達。知我者其天乎』
   
   「子曰く、我を知ること莫きかな、と。子貢曰く、何為れぞ其れ子を知
    ること莫からん、と。子曰く、天を怨みず、人を尤めず、下学して
    上達す。我を知るものは其れ天か、と。」

381章『公伯寮愬子路於季孫。子服景伯以告曰。夫子固有惑志於公伯寮也。
      吾力猶能肆諸市朝。子曰。道之將行也與。命也。道之將廢也與。
         命也。公伯寮其如命。』

論語初学者の小生、その深い意味はとても理解出来ない。その表面を少し

かじる程度の知識、理解レベル。講義を受けるが、その内容理解にも苦しむ

もの。中国の歴史物の三国志や古代中国歴史、文学に興味があれば、当時

の時代背景を想像し、より深く、面白く考察が出来るのであろうが・・・。

論語とはどのようなものであろうかと興味本位に受講したもの、小生は。

論語の内容の訳は論語専門家の間でも解釈が微妙に異なる。

その多くの専門家の中の1人の解釈、2章分を紹介。

379章
或専門家・・・ある人が「恩徳で怨みのし返しをするのは、いかがでしょう。」
 といった。先生はいわれた。「では恩徳のおかえしには何でするのですか。
 真っ直ぐな正しさで怨みにむくい、恩徳によって恩徳におかえしすることで
 す。」

380章
或専門家・・・先生がいわれた。「残念だな。自分を理解する者がだれもいな
 いのは」子貢が口をはさんだ。「先生を理解する者がいないとは、いったい
 なぜなのですか」先生がいわれた。「天を恨むまい。人もとがめまい。下は
 人間社会から勉強をしはじめ、上は天命まで理解が及んでゆく。この自分を
 理解するものは、やはり天しかないのだろうよ」

論語には他にも「天」という字が出てくる。孔子当時の「」とは何ぞや?!

講義後、いつものように学食で昼食、その後、生協売店、書店に立ち寄り帰宅。
posted by tennismouse at 22:47| Comment(0) | 学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする