2017年01月01日

2017年正月

新年明けましておめでとうございます
本年も何卒よろしくお願い申し上げます 

今年の正月、天気の良い暖かいお正月。晦日就寝が遅くなり、元旦の起床も遅く

なった。晦日深夜にしめ飾りを取り付け就寝。元旦9時過ぎに起床し、神棚に榊

を、お水を供え、祈願。 寂しく1人で雑煮を食す。

そして、夜の入浴、シャワーは寒いため、正月昼間、全身をシャワーで洗う。

時間に、何事にも無頓着な老婆(ラオポ)が15時に鏡餅、お節料理を持ってくる

とメールが入っている。自ら欲しいものを買い求めるから要らないと言うも

聞き入れない。その待つ間、テレビを観て時間を過ごす。

なかなか良い番組がない。教育テレビが面白そう。

13:30〜1時間番組。
奇跡の一期一会に密着。懐石や茶で客をもてなす「茶事」の第一人者、半澤鶴子
さん。70歳を機に全国行脚の旅に出た。初対面の人々に、地元の食材を使った
料理と茶をふるまう。2年間の旅に密着。おもてなしの原点と言われる「茶事」に
人生をかけ、全国行脚を決意した女性。日本で数少ない茶事の出張料理人。
茶事とは千利休が確立した4時間ほどの茶会だ。初対面の人に、その土地の
食材を使った料理とお茶をふるまう。懐石から始まり酒を振るまい、最後に
お茶でもてなす。鍋釜と茶道具をバンに積み、着物姿で車を運転。

14:30〜1時間番組。
やまと尼寺 精進日記「霜月 収穫の秋は大忙し」朗らか尼僧季節の食材で極上
料理。奈良県桜井市、尼僧ら3人が暮らしている。自慢は、豊かな季節の恵みを
知恵と工夫で味わう極上の精進料理。多種多様な料理がにぎやかに作られる。
ちょっと不思議で笑顔あふれる尼寺の暮らしを紹介。自然の中で四季に合わせ
笑顔で暮らしている。小生が毎年、年賀交信している高校同窓生が暮らす地方
の尼寺と言うこともあって興味深く見入る。

いろいろな暮らし方が、楽しい暮らし方があるものだと興味深い放送番組。

テレビを観ていると時間に無頓着な老婆、1時間遅く16時前にお着きになった。

自ら連絡した時間を守ったことは殆ど無い。いつも1〜2時間は遅れて来られる。

何とも時間に無頓着な、ルーズなお相手、付き合うのはとても疲れる

寝たきりの叔母さんの世話を終え、来たのであるが、小生が強要したわけでは

ない。もういい、無理するなと言うも、あれもこれもと欲張りなのだ。

その上、自認のとても動作が緩慢であるから、彼女の体内時計は1日26時間。

少し当人を褒めた?が。持ってきた鏡餅を飾り、直ぐに二人でいつもの神社に

初詣に出掛ける。いっぱいの人出、長い列。古い破魔矢を返し、お参り。

元旦早々、今年は拝殿で神様に文句を言ってやった。毎年、お参り、お願いを

祈願するも、何故お聞き届けくださらぬかと。神様は黙っておられたが・・・・・。

今のお主があるのは誰のお陰であるかと・・・、言っているような言っていない

ような。我欲を捨てよ、お主は生かされているのだと・・・。言っているような

言っていないような。やはり、あるがままに・・・・・生きるのが良きようです

祈願後、新しい破魔矢を買い求め、いつもの御神酒を戴こうとしたが、既に閉。

そして我が家に戻り、食事をし、また近々来ると言って老婆はお帰りになった。

ごゆっくり自宅でお過ごし下さいと進言しておいた。当方がリラックス出来るから。
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2016年12月30日

ブログを書く

このブログ、書き始めて来春で8年目に入る。書き始めた当初は、我が身の回り

の出来事の短い報告記事であったが、徐々に長き記事になっていった。

読者は誰を想定、読者のターゲットは誰?誰に対して、特定者?それは・・・・・。

我が年賀状の差し出し相手とテニス仲間に対して書いている。概ね小生と同年代

の友人、知人に対して書いている。毎年差し出す年賀状にはこのブログのURLを

記載し、広報している。そしてテニス仲間には口コミで広報している。

自慢できる記事ではないが宣伝している。友人、知人以外の多くの第三者にも読

んでもらおうと思えば、検索エンジンに登録すれば、検索され、公になるのである

が、検索エンジンへの登録は控えている。しかし、公に目には触れる。

余り難しい記事、硬い記事ばかりでは面白くない。高度な難しい記事は書けない

が硬・軟織り交ぜ、時折脱線しながら書いている。面白くあるがままに・・・・・。

時折、検閲する老婆(ラオポ)から貴方の品位を下げます、疑われますと忠告も入る

が、承知の上で書いている。機械音痴の老婆、最近WindowsならぬLinuxパソコ

ンの自らの操作技量が低いようで、検閲をすり抜けている。

記事を書く意欲が沸けば書き、当然ながら意欲がなければ書く気にはなれない。

バイオリズムのような意欲の波がある。

あるテニス仲間の1人の先輩が時折褒めてくれる、我が記事を。単純な小生だから、

褒められれば木にも登りたくなる。そんなに評価してくれているのかと。

ブログを書いて、褒められて思うところが有る。

作家などの物書き、創造的な仕事をする者は、孤独の環境がなければ良いアイデ

アは生まれないと思うもの。あることに没頭しようと思えば、アイデアを、創造力を

働かせようと思えば、邪魔を排し、多くは静寂な孤独の環境が必要である。

小生はこのような環境に恵まれていると言うもの。誠にもって残念、望まぬのである

が、邪魔をする者がいない孤独の環境の中に身を置いている。

沢山の家族に恵まれておれば、日常的に、子供が、孫が、嫁さんがと邪魔も入る。

家族の仕事も入る。時に注意もし、心配もする。常に頭の片隅には家族がある。

その愛する家族の為の思考も必要だ。自分の時間、静寂な孤独の時間はなかなか

得られないもの。小生は多くの家族、家庭環境を望む処であるが、如何せん、

神は意地悪、許してくれない、孤独を強要する、小生に。

誰もが孤独の静寂な自分だけの時間を持てれば、自ずと創造力は働き、余計な

ことを考えるもの。小生はそのような環境下にあると言うだけのことである。

自ずと生まれる孤独の自由な時間に余計なことを考え、それをブログに書き、

自分という人間を周りにアピールし、さらけ出している。あるがままに・・・・・。

このブログ、一方通行ではない。時にコート場でのご対面によるリアクションも

起きる、挑発記事等によって。相互通行でもある。

心理学で学んだ「ジョハリの窓」のオープンを心掛けている。ブログを通して。

犯罪心理学者が我がブログを読めば、書き手の小生の人間性、人物は完全に

見透かされてしまうだろう。ジョハリの窓の教えに従ってブログを書いているから。

巷では個人情報保護法なるものが施行されているが、小生、ある心の一面、心理

情報ではオープンだ。故に知能犯罪、悪事は出来ないと宣誓していることになる。

*関連ブログ 2010.12.19 「ジョハリの窓」

   この一年、ご愛読?!戴き有り難うございました。
  ご家族一同が集う新年、楽しいお正月をお迎えください
posted by tennismouse at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

四苦を超える5

今朝は濃霧が発生し、JR琵琶湖線の電車の発着が乱れている。乱れるも次々に

到着する電車に乗り込む。1山、トンネルを超えた山科に霧はなく快晴。霧の影響

はない。 この講座、補講を含めて今回で6回目、越年の次回で満了となる。

前回くらいから内容に大きな変化は無く、講座内容の主体が観えてきた。

生・老・病・死の四苦、受講者が60歳代以降であるから、老・病・死が主である。

この3苦を如何にして超えるか。 以下はその講義内容の一部である。

理性、知性による分別が邪魔をしている。損/得、勝/負、善/悪の判断が邪魔

をしている。 Humanismの人間中心主義の煩悩により汚染されている。

足るを知りなさい。 この俗世界から仏の世界へ、信心しなさいと言うもの。

さすれば苦は超えることが出来ますよ、と言うもの。

老・病・死を受容するには仏の智慧を戴く、仏智を戴く、信心する。

仏の教えとは、 教えて・・・・・せしめる ⇒ 変化させる ⇒ 成熟する

初期段階は知識のレベル、人格まで変わると成熟レベル、本当に知る、は、

それになりきること。 お念仏の南無阿弥陀仏、南無は仏、菩薩に対する冠詞。

阿弥陀仏は、仏さんの名前の阿弥陀仏如来(仏)の意。

小生も含め、信心といっても多くが知識レベルの範である。

今現在の私は卵の中の孵化前の私である。熱(仏の教え)で以て小さな卵の

殻を出て、ひよこ(悟り、信心)となって大きな世界(仏界)に生きよと。

私という人間、周りの多くのご縁によって生かされている。

役割、使命、仕事を与えられ生かされている。人間として生まれて良かった。

生きてきて良かったという人生は、その人なりの輝きが出ている。

同講座名は「四苦を超える物語」 毎回配られるレジュメには多くの人生物語が。

以下は青木新門さんの日記(2016.12.6)より拝借、一部編集(レジュメ)。
『現代人のほとんどの人は〈生死(ショウジ)〉という言葉の概念をイメージできなく
なっているのではないかと、ふと思った。〈生死〉という概念は西洋にはない。
西洋では生か死であって生と死が一つになった〈生死〉などという用語はない。
仏教は〈生死〉という概念を基に成り立っているのに、近代ヨーロッパ思想に
洗脳された現代の日本人は<生死〉という概念のイメージが描けなくなっている
のではないだろうか。それでは仏教は理解できない。   例えば、
水(H20)は水素原子2個と酸素原子1個からなる化合物である。水が、水素と
IMG_1274[1].JPG酸素と全く異なる性質を持っているよう
に、化合物の性質は含まれている元素
の単位と全く別のものなのである。
混合物ではない。この水と水素と酸素
を、生死の生と死に置き換えた時、
生死は生と死の化合した状態のもので
あって、生死は死でもなければ生でも
ない全く別の状態のものであるといえる。
人間は言葉を持った為に生と死を分け
て思考したりするようになったが、言葉
を有しない植物や動物は死という言葉も持ち合わせていないから死に対する
恐怖も持ち合わせていない。常に生死を生きている。常に生死を生きている
ものは美しい。言葉を知らないよちよち歩きの幼児や子猫や子犬が可愛いの
も自然(じねん)のままの生死を生きているからである。
生と死を分けて苦悩している人にとっては、生死を生きているものを見るだけ
で癒やされるのである。もうそろそろ我々は、生と死を考えるとか、死について
語るとか、そうした分別の思考は止めなければならない。考えても答えがえら
れないのだから‥‥生死の真実を知って初めて、生も死も、その真実を知る
ことができるのである。』

故に、死にたくない、長生きしたいと思うは、生と死の有限の分別の考え。

出遇うべきものは、死なない命「無量寿」の仏の世界。

12時過ぎに講義を終え、天気も良く、時間調整を兼ねて、キャンパス周りを

ぶらり歩く。直ぐ隣の大学の大宮図書館、これも歴史を感じる造りである。

歩いて行くと西本願寺の宗務所前に出た。大きくて広大な境内。多くの外国人

が来ている。宗務所から入り、境内を通って空いた頃の大学学食へ向かう。

こうして14時前の電車に乗り帰途につく。山科駅から大津方面の山裾を観る

と霧が漂い降りてきている。次のトンネルを過ぎるとまたも滋賀は濃霧景色。

帰りの駅からのバス、早目に下車してウォーキング。

今日一日、12500歩、7.5kmウォーキング。
posted by tennismouse at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

マーマレード


先日の日曜日、天気が良いから遠い地のテニスクラブで戯れてきた。

手土産に柚子を携えて出掛けた。皆さんで適当に分けて下さいと。

小生同様、敷地内に果実を植えている人も結構多い。蜜柑、キンカンなど

柑橘系の実物は屋敷内での自家栽培も多い。柚子を少しづつ小分けして

お裾分けしているが、なかなか減らない。放っておくと熟して自然落果する。

その前になるべく早く摘みとり、樹への負担を減らさなくてはならない。

そのテニス仲間の、余り酒を飲めない一人が、何故か柚子酒を作ったと

言っていた。そこで今日、突然の思い付きで、柚子酒より料理技術の必要な、

柚子のマーマレード作りに初挑戦した。小生、週に一食くらいはパン食を
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摂っており、いつも市販の果実ジャムを食し、その利用頻度も高い。

ネットで調べて作った。実に沢山の作り方が出ている。Youtube画のある作り

方を参考にすることにした。柚子の実を採果し、表面を洗い、半分に切り、その

果肉を果汁絞りで絞る。種と袋かすは使わない。皮を小さく刻む。これが結構

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大変だから、途中からフードプロセッサーでスライスした。上手くスライスでき

ないが細かくなった。その刻んだ皮を水に浸し、次に茹でてあく抜き。

このあく抜きした皮と絞り汁と少しの果肉と砂糖、水を規定量加えて強火、弱火

で約90分余煮込んだ。水分が少なくなるまで煮込む。水分が少なくなってくると

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油断していると鍋底が焦げるから注意しながらかき混ぜ、煮込まなくてはなら

ない。どの位の粘りにするかも考えながら煮込む。冷えてくると固まるから、

煮込みながらの粘り加減がポイント。こうしてマーマレード(ジャム)作りが

完成。酸味があり、結構上手く出来上がっている。
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しかし、作り方のビデオの柚子量より、少ないにもかかわらず、出来上がった

マーマレード量は小生の方が多く感じる、どういう訳か。早速試食した。

酸味が効いて、これは旨い!!自画自賛の栄養満点!

しかし、突然の思い付き料理だから入れ物のガラスビンの密封容器がない。

長期保存は、雑菌、カビ防止のためビンを煮沸し、密封保存しなければならない

のだ。密封性は良くないが適当な容器に保存することにした。

兼ねてからエプロンを一つ買おうと時折、エプロン売り場に出向くも商品選び

に迷う。多くが女性ものエプロン。巻きタイプのエプロンでも買おうかと、思案中。

料理を作るのは良いが、その後片付けが億劫である。次は柚子酒でも作るか。
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posted by tennismouse at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

四苦を超える4

本来は水曜日のテニス練習日であるが講座と重なっている。故に運動できない。

だから、補おうとバスに乗る区間を短くするために歩いた。バス停の時刻と睨め

っこしながら次のバス停まではまだ行けると歩いた。

開講時刻が間に合わない恐れがあったから、京都駅からも速足で歩いた。

この四苦を超えるという講座、信心し、仏の智慧を借り、考え方を改めれば苦を

超えられますよ、と言う仏法の教え。そうすれば苦はなくなり幸せに極楽往生

できますよという。 旅立ちへの心の準備でもあり、今を生きる心得でもある。

他力本願の浄土門と自力本願の聖道門がある。信心し、南無阿弥陀仏を念仏

するのが他力本願。その尊い教えを聞いても直ぐに行動に移せる、できるほど

に簡単なものでは無い。 

小生はまだその心構えの一部を心の隅に留めておくレベルである。

今日の講座内容、一概に説明するには難しいから、レジュメの一部内容を紹介。

資料:森津純子「幸せに死ぬ方法」2005年12月
『ホスピスというところは、原則的に、抗がん剤、放射線、手術などの強い治療は
行わず、体の辛い部分のみを治療し、残された時間をその人らしく生きることが
できるようにサポートする病院である。そのため、治療計画を立てる上で、何より
も本人の気持ちが最優先される。至れり尽くせりの患者本位の病院だ。
こうした病院であれば、すべての人が「幸せな死」を迎えることが出来るのでは
ないか・・・と私は考えたのだ。
確かにホスピスでは、多くの患者がその人自身の心と体を大切にされ、それに
よってストレスが最小限に軽減され、穏やかな心でなくなっていかれた。ところが、
どんなに心を尽くして看病しても、どうしても幸せに死ねない人々が出てきたのだ。
そのうち、こうした「幸せに死ねない人々」には、共通の問題点があることに気が
ついた。幸せに死ねない人たちは、『不満や不幸を見つけることがとても上手』
なのである。彼らは、どんなに素晴らしい環境、状況が周りに用意されても、必ず
不満や心配や不幸の種を見つけ出しては、そればかりに心を集中してしまう。
周りの人たちがどんなに、そうした問題の種を取り除いたり、気持ちをそらそうと
手助けしたりしても、問題にしがみつくのだ。つまり本人自身が、心の中の不幸
を手放そうとしないのである。そのために、心の中に幸せが入り込む隙間がなか
ったのだ。こうした人々とは逆に、どんなときでも、常に幸せでいられる人がいた。
彼らは、どんな絶望的な状況の中にあっても、その中にほんのわずかに、きらり
と光っている希望の種を探し出すことができた。こうした人は、たとえ、重い病気
にかかって、死の間際にあっても、病気や死の中に眠っている希望の種を見つ
け出し、幸せに死んでいった。つまり、「幸せに死ぬための究極の方法」は、
どんな逆境や絶望の淵にあっても、心の中に幸せや穏やかな心を保っていられ
るだけの力を身につけること・・・だったのである。私は何千人もの人生、そして、
死と向き合う中で、こう教わったような気がする。…略…。』
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同講座の講師は大学教授でもあり、医師でもある。

人間の身体は100%の全力で生きているのではない。本来は30%の力でも

生きられる。60〜70%は余力である。 人間ドックの検査結果、全く問題が

無い割合は6%である。残り94%は何らかの異常が見付かっている。

検査で肝機能検査のGOT、GPT値が基準値を少し外れてもそれを気に病み

心配する。大きく外れておれば問題であるが、問題にする程でもない。

しかし、結果が完璧、100%を求められる。何でも60〜80%で合格である。

自ら小さな心配、苦を作っている。

今日一日、12200歩、7.3kmウォーキング。
posted by tennismouse at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする